第10話

 どうも。こんにちは。ネリーです。

 魔力封じの術具をはめての生活はなかなかに大変でした。魔術のない生活というものはこんなにも不便なものですね。

 おかげで久しぶりに切り傷や火傷を作る羽目になり、レイテリージュ様のお世話になってしまいました。

 こんな事はウォルフィンデン家お仕えし始めたばかりの頃以来です。

 ジャックは「姉さんも人間だったんですね」と意味が解らないくらいに騒いでいたのだけれど、私が人間じゃなかったら何だと言うのかしら。ジャックの口が悪魔のあを形作ったところで蹴ってしまった訳だけれど。

 鉄板入りの靴だからそれなりに痛いと思うのよ。重いけれど慣れれば気にならないし。

 術具を外してすっきりしたし、もっと重くしましょう。私のようなか弱い女子はこういった武器ものが無ければ立ちまわれないものね。ゲオルクさんに注文をだしておかなくちゃ。

 お嬢様には必要かしら?

 ――いいえ。

 まだお嬢様の身体はできあがっていないのだもの。重りは必要ないわ。邪魔になるだけだもの。まずは身体作りからよね。

 遠乗りができるくらいの体力と筋力がついたのだから、次は身体の使い方を覚えていただかなくては。

 お嬢様ったら健気すぎるわ。あの乱雑な家柄しか取り柄のない子ども……いえ、クソガキのために身体を鍛えたいだなんて……。そんな必要などないと言うのに……。

 腹が立ったので、週明けのアラステア様――、いえジャリガキの稽古は厳しくしようと思います。

 うっかりやり過ぎてしまうかもしれませんが、きっとジャックが止めてくれる事でしょう。そうなったらついでにジャックも鍛えましょう。

 あのクソガキ――いえお坊ちゃまはいつになったら自分がお嬢様に相応しくないと気付いてくださるのでしょうね? 負けん気だけで挑んでくるものだから、すぐ根を上げるだろうと思っていたのにまだ稽古をつけてくれと言ってくるのですけれど。

 私がお嬢様との時間を削ってまで稽古をつけたい訳がないでしょうに。その辺りをあの子供は理解してくださらないのですよねえ。それとなく伝えているつもりなのですけれど。まあ、はっきり言わないのならつもりでしかないのでしょう。

 ここは死刑執行人にでもなったつもりでガツンと言うべきなのでしょうねえ。

 ――……めんどうです。めんどうなのでジャックに任せましょう。男同士仲が良いようですし問題ありませんね。

 それにしても同性同士とはいえ、ジャックがあの子どもと仲良くやれているのは多少疑問が残ります。お嬢様を馬鹿にするような男ですのにね?

 まあ良いです。ジャックはジャックで、私ではないのですから。何を嫌うのか、好きになるのかはジャックの自由ですもの。

 お嬢様の敵にならない限りは何の問題もないわ。


「さて、もう心の準備はできましたか」


 踏みつけていた男が無様に呻く。

 ここまで待っていたというのに碌な言葉も発せないなんて。時間を無駄にしてしまったわ。

 隠れるのにちょうど良い場所に深めの森があるからといって安易に盗賊に落ちぶれてしまうような人間には妥当なのかもしれないけれど。


「あなた方が襲ったのはこの国の公爵家ご令嬢です。その意味がわかりますか?」


 足元にいる男の他、廃屋と呼んで差し支えない小屋の隅で寝ている男達もわずかに体を震わせた。


「結構。あなた達が自分達の犯した罪さえも自覚できない様な愚か者ではなくて安心しました」


 足下の男から足をどける。

 死にかけた蜥蜴の様に男は窓際まで移動した。どうやら立つ気力さえ無いらしい。

 掠れた震え声で許しを請うてきた。私は少しだけ首を傾けた。


「あなた達は今まで助けてと言ってきた人間を何人助けてやりましたか?」


 ただただ純粋に疑問だったので聞いただけだったのだが、男達はこれ以上ないというくらいに顔を青褪めさせた。かわいそうに、まるで生まれたての小鹿のように震え出した者もいる。

 ――小鹿の様、は失礼だったわね。小鹿のほうがずっとかわいらしいもの。おまけに美味しい。

 とは言え、彼らは小鹿のような可愛げはないし、ずっと利用価値もひくいけれど、無価値という訳ではない。


「落ち着いてください。何も今すぐ殺すと言う訳ではありませんから」


 騎士団へ引き渡せば縛り首でしょうけど。


「まずはあなた達の人数を教えてくれませんか? ここにいる方達で全員ですか?」


 男達は全員が出来の悪い振り子人形の様に頭を上下させた。予想通りの答えだ。


「では魔術師はいませんね?」


 これにも肯く。これも予想通りだ。

 魔術師がいれば魔力を使える人間に気付く。私やジャックに近付こうとは思いもしなかっただろう。


「では商隊を襲った事やその手伝い、誘拐やその手伝いを請け負った事は?」


 男達は勢いよく首を横に振った。


「王都には犯罪者などがよく使う集まりがあるのですが、それに参加した事は?」


 これにも男達は首を横に振る。

 詳細を聞くと男達は王都出身ではなく近くの村の住人だった。

 領主が代替わりをしてから税が上がり、徐々に暮らし向きが苦しくなったため出稼ぎの為に王都まで出てきたそうだ。

 今まで何とか日雇い等の仕事で仕送りをしてきたが、更に村の税が上がったという家族からの手紙が届き、金持ちの子どもを誘拐し身代金をせしめるしかないと思い詰めたらしい。

 なんと、今日が初仕事だったそうな。運が良いですね。


「ふーむ。初犯で未遂、尚且つ反省もしているのなら何とかなりそうではありそうですね。

 本来なら商人でもないのに長期的に村を離れる事自体が罪になりますが、それも理由があっての事のようですし」


 まだがくがくと震えている男達は一体何が怖いのだろう。

 領主様には言わないでくださいとうわ言の様に唱える彼らの様子からして、彼らの領主はよほど粗悪な政を行っているようだ。

 とりあえず落ち着かせるために領主には言わない事を約束する。それだけの事で彼らは地獄から救われたかの様に手を合わせて私を拝んできた。

 まだ彼らの首にはしっかり縄がかかっていて、いつそれが引かれるとも限らないのですけれどね。さりとて領民に犯罪をさせるだけの無能に彼らが殺されるのを黙っているのも気分が悪い。

 とにかく心証を良くするためにも彼らを洗浄しておく事にした。


「今からあなた達を魔術で洗浄します。目を瞑って口を閉じて鼻を摘まんでください。ほら早く。ではいきますよ。いちにのさん」


 ついでなので薄汚い小屋ごと洗浄した。ああさっぱりした。何人か咽ているが死にはしないので問題ない。

 抵抗しなければ傷の手当をすると言えば全員が即座に頷き跪いてきたので手当をした。

 八人全員の手当が終わったところで小屋の扉が勢いよく開く。そのせいで蝶番が外れた。粗暴だ。そして相変わらず遅い。


「黒狼騎士団員、フィランダー・ストックデイルだ! 全員神妙にお縄に付け!」

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