第8話
「あ……姐さん……もうダメ、です……」
荒く息を吐くジャックから汗が滴り、床に染み作った。
「しゃべれるならまだできるでしょう」
這いつくばったジャックを蹴り上げる。――が、寸でのところで避けられた。
転がるジャックを踏みつける。これも避けられた。ちっ。
観念したらしいジャックは飛び起き退る。
「ほら。まだできるじゃない」
「……いや、でも……ほんと………きついんで……」
「疲労が溜まってからが本番よ。いつまでも全力で戦える訳はないのだから」
「だからって…………。つうか、いつも思うんですけど、姐さんはどうして疲れないんすか…………」
「魔術の応用ね」
「あー――そうっすかー―――さすがっすねー――」
「あなたもやればいいでしょう」
「格下相手ならともかく姐さん相手にそんな器用な真似できませんってば!」
疲労が溜まると人は大振りになるが、ジャックはよく耐えている。私の拳も蹴りも最小限の動きで避け、受け流し、私が作った隙に打ち込んでくる。
「無意識化でも魔術を行使できるように訓練をしましょうか。これがそんなに難しいだなんて知らなかったわ」
「ぐえっ!!」
ジャックの懐に入り込んで肘を入れれば、壁まで飛んだ。今日は罅が入らなかったので私も力の調節が上手くなった。
ゲホゴホと身体を折り曲げてジャックが咳き込むので、一時休止とする。
「いってぇ……。姐さんはもう少しくらい自分が規格外だっつう自覚を持ってくださいよ……」
「自覚しているつもりだけれど……。これ以上?」
「マジっすか」
真顔になったジャックに腕組みをして考えてみる。
魔術はお師匠様の方が巧みに使うだろうし、武術に関しては師匠のほうが絶対に強い。
治癒術はそもそも扱えないし、薬学はレイテリージュ様に教えていただいている最中だ。
「………私くらいの人間ならわりといると思うのだけれど」
「いませんからね。魔術と武術の両方が達人級の人間とかどこの宮廷魔法騎士ですか。もうそれ伝説ですからね」
「………そういうものかしら」
「そうです!」
力強く肯定されたので少し考えてみる。
騎士団はある。
血筋の貴賤にも魔力の有無にも関わりなく広く人員を募っているから、騎士の中にも魔術を扱える者はいるし、魔術師団から派遣されたりして騎士団所属になっている魔術師もいる。けれど、魔法騎士の称号を与えられた騎士は大昔には大勢いたらしいが、現代には一人もいない。
確かにジャックの言う通りかもしれない………?
「もしかして隠しているのじゃないかしら。能ある鷹は爪を隠すと言うし」
「何の為にですか」
「……………………さあ」
「魔法騎士なんてすごい称号を持ってたら他国へのいい牽制になるじゃないっすか。隠す意味なんてないですよ」
「……それもそうね。なんだか釈然としないわ。あなたに論破されるなんて」
「姐さんてホント俺の扱い悪いっすよね!」
ジャックが騒ぐが無視する。どうやら私は自分が思っているよりも強い、らしい。だからといって慢心はできないけれど。
「私が他の人より少しは強いかもしれないという事はわかったわ」
「少しじゃなくてだいぶ強いっすよ」
「でもね、ジャック。あなたも大概なのよ?」
「へ?」
あらマヌケ面。イラっとするわね。
「あなたもそれなりに規格外なのよジャック」
「え? いやーそんな事ないと思いますけど。姐さんに負け続けてる訳だし」
その私を化物扱いしておいて、自分の事は棚上げするのね。
「え? マジすか?」
「マジよ」
この男。私が術なしで男より腕力があるとでも思ってるのかしら。思ってるのね。
「いい? 魔力を身体強化に回せば腕力が上昇するの。こんな風に。教えたと思うけど忘れたのかしら」
「イダダダダダダダ!! 覚えてます! 思い出しました!」
どっちなのかしら。掴んだジャックの頭がミシミシいってるけれど無視しましょう。
「もちろん脚力だって上がるし、反応速度も上げる事が可能なの。私はそれをいつも無意識で行っている訳だから、身体強化がロクにできていないあなたが勝てる訳もないのよ。例えるならドラゴンに裸で挑む村人その一よ。
いい機会だから言っておきますけどね、魔術無しの体術対決ならあなたが勝つに決まっているでしょう?」
「な、なるほど……?」
「信じられないのなら魔術無しで勝負しましょうか。魔術無しの状態に慣れるまで二、三日欲しいのだけれど」
私はジャックと逆で意識をしないと魔術を使ってしまう。魔力封じの術具を使えば魔力無しで戦う事は可能だけれど、おそらく何かしらの支障が出る。
「え゛っ。そうまでしないと俺勝てないんですか! やっぱ姐さんてバケボノォッ!!」
腹が立ったので思わず蹴ってしまったわ。硬化した足で。呻いてはいるけれど、骨は折れていないようだから大丈夫でしょう。
「だいじょばないでうぅ…………」
***
「そういう訳で今日からしばらくご迷惑をおかけするかもしれませんけれど、その分ジャックをこきつ……いえ働いてもらいますので、お嬢様には決してご不便をかけませんわ。お嬢様もばんばん扱き使ってやってくださいね!」
私の隣に立つジャックを見てお嬢様は少しだけ困ったように笑った。傾げた拍子に金糸がさらりと肩を流れる。今日もお嬢様はかわいらしい。
もちろんお嬢様の着替えは済んでいる。お嬢様の寝起き姿を見せる訳が無い。
ジャックはと言えば朝食と一緒にお嬢様の部屋に入ろうとしたのでつい殴り飛ばしてしまい、頬を赤く腫れさせていた。
魔力封じの術具をしているおかげで私も久方ぶりに手が痛い。
「ネリー、だめじゃない。怪我をそのままにしていたら」
お嬢様が私の左手を両手で包み込み治癒術を施してくださった。本来ならば褒めてはいけない。
使用人如きに術を使うなんて、と気位ばかりが高いだけの
けれど、私はお嬢様のこういう気質が好きだ。大好きだ。
どんなお嬢様でも好きでいられる自信はあるけれど、願わくは成長してからも今のように変わらず甘いお嬢様でいて欲しい。
「どう? まだ痛むかしら?」
「いいえ。すっかり治りました。ありがとうございます、お嬢様」
「ふふ、どういたしまして」
はにかむお嬢様はやはり可愛らしかった。ああけれど。
「ジャックもかがんでちょうだい。ああ、座ってもらったほうがいいわね。魔術を使ってないのにネリーったらこんなにジャックの頬がはれちゃうなんて」
「あ、ありがとうございます」
私の裏拳で腫れたジャックの頬がすぐさまなおった。次があるなら蹴りにしよう。
「お嬢様。本当に、本ッッ当ッッに!! ありがたいのですが!! ものすごくありがたく、尚且つ素晴らしいのですが!! おやさしいお嬢様のお心に感動に打ち震え今すぐ昇天したとしても悔いはありませんけれど!!」
「?! し、しんじゃだめよ、ネリー!」
「お嬢様を残して死んだりしません!」
「お二人とも落ち着いてくださいねー……」
「……こほん。つまり、お嬢様の慈悲のお心は
特に平民やそれ以下の者達に使われますと協会の権威がどうとか、貴族の品位がどうとか、難癖をつけてくる
御身を守る為です。絶対に使うなとは申しませんが、使う場合はよくよく考えてお使いくださいましね」
「う、うん。わかってる、よ? だ、だいじょうぶ、よ?」
叱られて言葉遣いがちょっぴり退行してしまうお嬢様をジャックにも見せないといけないなんて……仕方がない事とはいえ……。
「特訓倍にしてあげましょうねー」
「なんでっすか?!」
お嬢様は不思議そうに困ったように私達を見ていた。
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