第7話
朝起きたら身支度を整え、朝食を取り、日課をこなした後はお嬢様を起こすための準備に取り掛かる。今日は初めて馬に乗る日だから、きちんと食べてもらわなくては。
「おはようございます」
「おはよう。準備できてるよ」
「ありがとうございます」
厨房では料理人達が忙しく働いている。この屋敷の人たちは早起きが多いのだ。
お嬢様の朝食は既に出来上がっていた。今日は間者もいないので手早くお茶の準備をしてお嬢様の部屋に向かう。
最近のお嬢様は早起きだ。乗馬をするにあたって筋力を付けてもらうべく連日運動をしてもらっていたが、そうすると夜にはくたくたになりすぐ寝てしまう為、早起きができるようになったという事だった。
「どうせなら剣術も習ってみたいわ」と可愛らしくお願いされてしまったが、丁重に断らせていただいた。剣の腕を頼りにしてしまう兄君達のような脳筋族になってしまう可能性は潰しておかなくてはならない。兄君達には請われるまま教えただけだというのに、旦那様には大いに嘆かれた。あれは私だけではなく調子に乗った師匠も悪いと思う。
お師匠様は「魔術は腕力にするためにあるんじゃない!」とご立腹だった。ですからお師匠様。故意にそうした訳じゃないのです。身体強化を教えたらいつの間にかそうなってしまったのです。
「お嬢様、ネリーです。起きていらっしゃいますか?」
ノックは三回。ややあって愛らしい声が聞こえた。起きたばかりの様だ。
「おはようございますお嬢様。今日は良い天気ですよ。ご気分はいかがですか?」
「おはようネリー。気分はいいわ。いい匂い!」
お嬢様はいそいそとベッドから降りる。私はガウンを用意してお嬢様に着せた。朝は肌寒いので。「ありがとう」と笑ってくださるお嬢様は今日もかわいい。
以前はベッドで朝食を食べていらしたが、一度紅茶を零し、それに慌てた拍子に朝食をひっくり返してシーツやパジャマに大きな染みを作ってからは冬の寒い日でもベッドから出てテーブルで食べる様になった。お気に入りでしたものね、あのパジャマ。
ちなみに染み抜きは間に合った。こういう時魔術を使えると便利だ。
「おいしそう! いただきますね!」
にこにことお嬢様が食事を始める。窓辺から差し込む朝日の中で朝食を食べるお嬢様……。どんな美術品より美しい。尊い。
以前よりも少しだけ量の多くなった朝食を食べ終えたお嬢様の着替えを手伝う。今日は軽く運動をするために動き易いものを選ばれたので、髪形もそれにあわせてまとめてしまう。
三つ編みを団子状にして改めて気付く。やはりお嬢様はどのような髪形をしていても似合うな、と。
結ぶリボンはお嬢様が最近気に入っている紺色だ。お嬢様の金髪と相反するその色はよく似合っていると思う。ただ、ドレスに選ぶのはまだ早いと思うので断固阻止する所存である。
「今日の乗馬以外の予定は?」
「奥様とのお茶が十時に入っております。それまでは自由時間です。刺繍か、読書でもなさりますか?」
お嬢様はゆるりと首を振った。リボンも一緒に揺れる。
「わたくしね、馬に乗るのが楽しみでしかたないの。今日乗る馬を見に行ってもいいかしら?」
「構いませんよ。馬との信頼関係を築くのは大事ですから。では、運動をしがてら厩舎へ参りましょう。馬の世話も馬術を極めるなら必須ですし。今からならブラッシングくらいはできるでしょう」
「はい、先生!」
大輪の花が咲いたような顔いっぱいの笑顔で元気よく返事をしたお嬢様は太陽のようにまぶしかった。
***
夜。お嬢様はベッドにて轟沈なさっている。
馬との顔合わせを終え、奥様とのお茶を終え、昼食を終え、厩舎の前に立つお嬢様は興奮から顔を赤らめていた。
やる気いっぱいに馬にブラシをかけ、鞍を乗せる手順を覚え、馬に乗って三十分。馬上でのストレッチから始めて、
汗や汚れを落とす為の湯浴みを終えたころにはいくらか回復していたが、ぎこちない動きには変わりなく。礼儀作法の授業はいつになく注意されていた。これからは乗馬の前に他の授業を入れる事にしよう。
「今日は疲れましたね」
「うん……。すごく疲れちゃった。足がもう痛いの。馬に乗るのって思ってた以上にたいへんなのね」
「慣れればそれ程でも。何事も慣れですよお嬢様」
「うん。その慣れるまでがたいへんなのね、きっと」
「そうかもしれません」
こういう時の私はひどく役立たずだ。治癒術が使えず、使えたとしても筋肉痛は直せない。体力や魔力の回復薬を作れてもやはり筋肉痛は直せない。筋肉痛は怪我でも病気でもないからだ。
新薬開発でもしてみようか、と私は眠ってしまったお嬢様にシーツをかけた。お嬢様は安らかな顔で眠っている。
「遠乗りに行くのはいつにいたしましょうか」
目的があれば人の成長は速い。遠乗りに行きたいお嬢様なら遠乗りに行けるようになるまでそれ程時間はかからないだろう。
「問題は場所だわ。どこにしましょう」
護衛はジャックで足りるかしら、と私はお嬢様の部屋を後にした。
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