第6話:ジャック

 ああもうびっくりした。そうだよな。そうだよな。姐さんとデートとかある訳ないよな! 俺は脱力した。


 姐さんと待ち合わせの前日。さあ寝て明日に備えようとベッドに潜り込んだ俺は唐突に気が付いたのだ。男女二人が待ち合わせて町を巡る。それなんてデート? と。

 イヤイヤイヤ。姐さんに限ってそんな事ないだろ。誘われる直前に恋愛小説を読んでいたとしても、それで俺がデートに誘われるとかないわー。ありえないわー。

 そんな訳で寝つきはよかったんだが、朝起きて身支度して朝稽古して朝食をすませて、と待ち合わせ時間が近づいてくるにつれ、嫌な緊張が忍び寄ってきた。

 身だしなみを注意されるかもしれないから服装に気は抜けないし、エスコートも見られるだろうし、そもそもあの人はしれっとした顔で試験や試練を与えてくるような人なのだ。だからこれはデートではない。そのはずだ。

 自分にそう言い聞かせて待ち合わせ場所の噴水に行った。もちろんどんな抜き打ちがあるかわからないので、心の準備も含めて待ち合わせ時間の三十分前にだ。

 にもかかわらず、姐さんにはすでにいた。いつもの認識阻害魔術を使って、フツーの一般人の見た目で、こざっぱりとした服装で立っていた。ほらやっぱりデートじゃなかった! いくら姐さんでもデートだったら少しは着飾るもんな、たぶん!


「遅れてすみません!」

「別に遅れていないでしょう」


 姐さんは俺をまじまじと見て嘆息した。えっなんで! 俺まだなンもしてませんけど?!

 買い物をするらしい姐さんの後ろを歩いて二時間。昼食でも食べますかと路地を歩いていたらごろつきに絡まれたので、当然それらをのす。ここまで俺は始終ビクビクしていた。いったい何が姐さんの癇に障るかわかんねえから。

 もう一挙手一投足が冷や汗もんだ。何回もため息つかれたし。マズイ事はしてねぇはずなんだけどなあ……。


「相変わらず治安が悪いわ。」

「いやー辺境に比べればそこそこいいはずっすよー」


 魔術で変えているのは髪と目の色だけなので、当然顔付きは変わっていない。

 姐さんは黙って立ってさえいればそれはもう美人だ。傾国クラスなんじゃないかと思う。そんな美女が路地裏をふらふら歩いてりゃそら絡まれますわ。人間の美醜に興味ないからなあ、姐さん。セラフィーナ様が至上であとその他っつー大雑把すぎる区別の世界で生きてるからなあ、姐さん。


「もう少し歩きましょう。不逞の輩はなるべく取り除いておかなければ」


 見回りなら騎士団にでも任せておけばいいと思うんですけどねえ。ここで冒頭に戻る。きっと見回りしたかっただけなんだな。


「うぃーっす。でも昼飯は食べましょうよ。もうすぐ混んでくる時間帯ですよ」

「それなら心配ないわ。作ってきたもの」

「何をです?」

「昼食に決まっているでしょう」

「……誰がです?」

「私が」

「………なるほど。姐さんが、お昼を、作ってきてくれたんですね」


 そういえばバスケット持ってましたもんね。てっきり暗器か武器類が入ってるもんだとばかり思ってたけど入ってたのは昼飯っすか。そうっすか。今日、死ぬのかなあ、俺。


「公園に行って食べましょう。その前に寄りたいところがあるのだけれど、いいかしら」

「もちろんです。どこですか?」


 姐さんは迷いなく店を指さした。


***


 姐さんの選んだ店は一般市民では到底手が届かない類の店だった。貴族ウォルフィンデン家御用達じゃん!

 まあ、それは別にいい。注文するよう旦那様や奥様に頼まれれば来なくちゃだろうし。でもさあ……でもさあ……。


「あの…………姐さん何やってるんすか?」

「服を選んでいるわ。問題でもあるの?」

「いやーそうっすね。選んでるっすね。問題はないんですけどね。なんで俺に服を当ててるんですかね?」

「あなたの服を選んでるからに決まってるでしょう」

「そうっすか……そうっすよね……」


 なんっで俺の服を選んでるんですかね!! 言ったところで「必要だからに決まってるでしょう」ってしれーっと返されるんだろうなー……。

 姐さんは見るだに高級だとわかる服を俺に当てて店員とあーだこーだと話している。選ぶのはいいけれど買わないですよね? こんなとこで買ったら給料吹っ飛びそう。


「ジャック。このシャツの中でどれがいいかしら?」

「え? えーと、これですかね?」

「そう。ベストは?」

「うーん、これ……?」

「ズボン」

「これ……かな?」


 何の試験なんだろう。俺は冷や汗を垂らしながら答えた。

 お値段が懐にやさしくて、高そうに見えるものを選ぶ。服なんて動き易くて丈夫ならそれでいい。安ければもっといい。


「ジャック。今度は自分に似合うと思う物を選びなさい」

「ういっす。――これら、ですかね?」


 てきとーに白シャツと黒のベストとズボンを選んだ。使用人服は万能なんだ!

 姐さんは俺と服とを見比べ、長い事考え込んだ。何だ、何を考えてるんだ。

 長く考え込んだ末、「痛んでないからいいか」という結論に達したらしい。オイ考えた時間。

 まあ姐さんもファッションとか縁がないもんな。俺達は大抵使用折人服で過ごすから。


「ではこれとこれとこれを」

「お包みしますか?」

「いえ。自宅用ですので」

「わかりました。少々お待ちください」


 姐さんはシャツとベストとズボンを二着ずつ買う事にしたようだ。うーん、一体何のために……?


「支払いはしておきます。ある時払いの催促なしですがなるべく早く返してくださいね」


 あっ、俺が払うんですね、やっぱり。


 この後、公園で姐さんお手製の弁当を食べて、街を見回っていくつか店を冷かしたりして一日が終わった。

 弁当はべらぼうにうまかったです。

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