第13話
「まあ川下のコーラー国まで流されだだけだったんだが」
「よく、よくご無事で……!」
ディナトは自分よりも背丈の高くなったシンジュオスの抱擁をくすぐったい気持ちで受け入れた。
暁の明星に連れられ、日の出と共に生まれた弟はやはり陽の光の臭いがした。その広くなった背をたたく。
「たまさか川岸に流れ着いていたところをクリシィーア妃に拾っていただき、手厚い看護を受けていなければさすがの
何か月も寝台を離れられず、身を起こすことすらできなかった時分を思い出し、ディナトは脇腹を押さえた。
生きているのが不思議たと医者に言われたが、クリシィーアの治癒術のおかげで傷は塞がり、数多の傷跡は残ったが今も生きている。
「二十年、善く国を治めたな、シンジュオス。善き王になった。
「ありがとうございます、兄上」
「おっと、
笑って自分をたしなめるディナトにシンジュオスは眉根を下げた。偉大な王と呼ばれている男とは思えぬほどの情けない顔だった。
「そんなことは言わないでください兄上。この国の王は俺などより兄上のほうが余程ふさわしい。どうか戻って来てください。王になってください、兄さま」
「おまえたちは揃いも揃って……」
ルルディーアといい、シンジュオスといい、ここぞという場面で昔の呼び名を呼ぶのはやめてほしい。うっかりなんでも願いを叶えそうになってしまう。
そんなディナトの心中など知らぬシンジュオスにディナトは首をふった。
「それは違う。違うぞ、シンジュオス」
ディナトはシンジュオスを見上げてきっぱりと否定した。
「前に、兄上が王太子となられたときに言ったろう。
そうならなかったのは道理を弁えた父と、仕えるに値する兄上がいたからだ。父上と兄上は
大将軍など
そして、シン。おまえは
形の見えにくい国ではなく、数多の顔も見知らぬ民草ではなく。
まるで自分が
「兄さまは人間です」
間髪入れずに言うシンジュオスにディナトはほのかに笑い返した。
「そう言ってくれるのはおまえと、父上と兄上、それからクリシィーア妃にルルディーア姫だけだ。……ははは、そこそこ多いな。うむ。
良き
「兄上……」
イスキュロスに戻る気はないのだと察してくれた聡いシンジュオスの頬を撫でる。本当は頭を撫でてやりたかったのだが、立派な装飾品を飾りつけられた髪形を乱すのは忍びなかった。
「ああほら、ルルディーアが探しているぞ。この良き日に祝福されし花婿殿が情けない顔をするな」
泣き虫だったかつての弟にしていたようにシンジュオスの
「さあ行ってこい。愛しい弟よ。ルルディーアと二人、力を合わせて幸せになるのだぞ」
「……はい」
そうして宴の席に戻り、大切な姫と大切な弟が仲睦まじく手を取り合う様子を眺めて、ディナトは微笑んだ。
なんと幸せな光景だろうか。
ああ、きっと。
己はこの時のために生きてきたのだ。
「なんて、少し虫が良すぎるな」
オリヴァシィ国王と王妃の未来に幸多からんことを、とディナトは杯を月に掲げた。
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