第47話

そして次の日――。


シャルルはイザベラとルネと共に宮殿へと向かい、オリヴィアとロシナンテとの面会を役人にお願いした。


だが、それは受け入れられることはなかった。


オリヴィア·アトスは、このメトロポリティーヌ王国始まって以来の大盗賊――ロビン·フッドと繋がっている。


そんな凶悪犯に面会は許されていないと、シャルルたちの頼みは断られてしまう(ロシナンテのほうは、ロビン·フッドの馬だということでオリヴィアと同じ牢屋に入れてあるそうだ)。


「オリヴィアはロビン·フッドの仲間なんかじゃないよ!」


「そうだ! だいいちどこにそんな証拠があるんだよ!」


「神に誓って言えます。オリヴィアは盗賊の手助けをするような者ではありません。お願いします。どうか面会を」


シャルルはイザベラと一緒に訴えかけ、ルネも悲願したが、三人が何を言おうが役人が首を縦に振ることはなかった。


だが、それでも三人が諦めずに役人へ訴えかけていると――。


「あらあら、これは一体なんの騒ぎかしら?」


妖艶な笑みを浮かべて現れた女性――ミレディだった。


「ミレディ……やっぱお前か!」


表情を強張らせたイザベラは、背負っていたサーベルを抜こうとした。


だが、それに気がついたルネによって止められる。


「ダメです、イザベラ。ここは宮殿内。ワタシたちがここで手を出して喜ぶのは、何よりもこの人です」


たとえどんな事情があっても、宮殿での抜刀は罪になる。


それがアンヌ姫の侍女を斬ろうとしたということになればなおさらである。


イザベラは握った柄を放すと、ミレディのことを睨み付けた。


それはルネも同じだった。


ルネはイザベラを止めたが、今にも飛び掛かろうかというぐらいの表情をしていた。


シャルルは訓練場でロシュフォールといた女性――ミレディと二人が知り合いだったのかと、一人驚いていた。


そんな三人を前にミレディは嬉しそうに微笑む。


「そちらの剣士さんは訓練場以来かしら。ケガのほうはもういいみたいね。それにしても久しぶりじゃない、イザベラ、ルネ。相変わらず食べて飲んでいるだけなのかしら?」


「うるせえっ! なんでお前なんかが宮殿にいるんだよ!?」


イザベラが怒鳴り返すと、ミレディはクスクスと笑いながら答えた。


自分は今アンヌ姫の侍女として宮殿に住まわせてもらっている。


昔はただの貧しい貴族の養子であったが、この華やかな暮らしの中で淑女として日々勤しんでいると。


「それにしても残念ね。まさかあのオリヴィアがかの大盗賊の仲間だったなんてね。オリヴィアって昔から真面目だけが取り柄だったのに。こんなことになるなんて、私も心を痛めているわ」


そしてオリヴィアが捕まったことを、さも気の毒といった様子で続けて言った。


「そんなはずねえだろ! オリヴィアが捕まったのはなにかの誤解だ!」


「ええ、オリヴィアに限ってそんなことはない。それは一緒に暮らしているワタシたちが一番よく知っています」


ミレディの芝居がかった言い方に苛立ったイザベラは大声で叫び返すと、ルネも彼女の言葉を強調して続いた。


だが、ミレディはそれがどうしたと言わんばかりに冷ややかな視線を送り返す。


その冷たいミレディの視線にじっと睨まれたイザベラとルネは、まるで氷の手に自分の心臓を鷲掴みされた気分になった。


怯む二人を見たミレディはスッと視線を逸らすと、そのまま背を向けた。


「そう。でも、オリヴィア·アトスの処刑はもう決まったようなもの。あなたたちが何を喚こうが現状は変わらないわ。英雄だ三銃士だと呼ばれて言ったって、それはもう昔の話。三銃士も今やただの守銭奴と大食らいと酔っ払い色情狂になり下がっちゃったものね。それにこれからは、剣を振り回すしか脳のないあなたたちはもう時代遅れのよ。せいぜい後の人生はお得意の食べるでも飲むでもして過ごすことね」


表情を歪めながらも何も言い返すことができないイザベラとルネ。


そして長い捨て台詞を吐いたミレディは、その場を立ち去ろうとすると――。


「そんなことない!」


力強く真っ直ぐな少女の声。


ミレディはその張りのある声を聞くと、つい振り返ってしまった。


「イザベラもルネも、そしてオリヴィアも……三銃士は時代遅れなんかじゃないよ! 誰がなにを言ったってこの国は銃士隊が守るんだ! そのためにも、絶対にオリヴィアは必要な人なんだよ!」


それはシャルルの声だった。


それはイザベラやルネとは違い、ミレディや宮殿に対する憎悪からではなく、心の底から出ている真っ白な言葉だった。


ミレディはふと我に返ると、シャルルに返事することなくその場を後にする。


「ふん。南方の猪……シャルル·ダルタニャン……。せいぜいあなたも自分の無力さを感じていればいいわ」


そして、ミレディは誰にも聞こえないようにポツリとそう呟くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る