第45話

突然家に入ってきた近衛騎士団たちを見たシャルルは、置いておいた剣を握ろうとすると、オリヴィアに止められる。


そして、オリヴィアは落ち着いた様子で騎士団たちの前へと立った。


「たしかにここは私の家だが、一体何の用だ?」


オリヴィアの問いに、近衛騎士団の先頭に立っていた者が、懐から一枚の羊皮紙を差し出した。


そこにはこう書いてあった。


“オリヴィア·アトス――この者は、かの盗賊ロビン·フッドと通じ、メトロポリティ―ヌ王国に仇をなす者なり”


それを読み上げたオリヴィアは、まるで意味がわからないと言ったが、近衛騎士団たちは剣を抜き、彼女に突き付ける。


そして、とにかく来てもらうと言い、オリヴィアのことを縄で拘束し始めた。


「なにをするんだよ!? オリヴィアはロビン·フッドと通じているはずがないだろう!?」


シャルルが叫ぶように訴えかけると、ロシナンテも続いて大きく鳴く。


だが、近衛騎士団たちは冷たく言葉を返した。


オリヴィア·アトスは、ロビン·フッドの逃亡を手助けした。


無知な少女を使った汚いやり方でだ。


騎士団の中にも目撃者は多く、たしかに少女がロビン·フッドと共に馬で森へ逃げたことは確認されているのだと。


シャルルは、すぐにその少女と馬が、自分とロシナンテのことであると気がついた。


しかしそれは、ロビン·フッドに剣を突き付けられ、脅されてやったことだ。


しかも、なぜオリヴィアがそれを仕組んだように言われているのか?


シャルルに理由はわからない。


だがそれでも彼女は、このままオリヴィアを連れて行かれるのを黙って見てはいられなかった。


剣を抜き、扉の前に立ったシャルルは、近衛騎士団たちの行く手を阻む。


「やめろ! オリヴィアはロビン·フッドと関係ないんだ! その少女はボク……」


「下がれシャルル!」


シャルルが自分がそのロビン·フッドと馬に乗っていた人物だと叫ぼうとすると、オリヴィアはその言葉をかき消すように怒鳴りあげた。


それからオリヴィアは、先ほどとは正反対の穏やかな声で言葉を続ける。


「いいから下がれ。大丈夫だ。何か誤解があったのだろう。すぐに戻って来るさ」


「でも、ボクは……その少女……」


「ここで騎士団相手に暴れたらお前まで捕まってしまう。いいから、お前はイザベラとルネに私が連れて行かれたことを伝えてくれ」


オリヴィアに諭されたシャルルは、何も答えることができずに俯いた。


だが、ロシナンテは違った。


近衛騎士団たちに飛びかかり、オリヴィアが止めるのも聞かずに暴れまわる。


それはきっとシャルルの代わりに、自分がオリヴィアを救おうとしたからだった。


「ロシナンテ……」


シャルルはそれでも見ているだけだった。


それは、オリヴィアの言葉と自分のしたことのせいという罪の意識が、彼女の体を縛っていたからだ。


だが、ロシナンテの努力も空しく、あっという間に近衛騎士団たちによって捕らえられてしまう。


「ロシナンテ!」


「シャルル! 私の言うことを聞け! お願いだ……」


オリヴィアは絶対に手を出さないように言葉を続け、シャルルはやはり何もすることができなかった。


それから、捕らえられたオリヴィアとロシナンテは近衛騎士団たちによって連行されて行った。


シャルルは家の外まで行き、連れて行かれる一人と一匹の背中を眺めて立ち尽くす。


「ボクは……ボクは……」


ロシナンテは、そんなブツブツと呟き続けるシャルルに向かって、心配するなと言わんばかりに大きく鳴いたのだった。


そして、その後オリヴィアとロシナンテは宮殿の側にある監獄へと入れられる。


そのことを聞いたリシュリューは、ロシュフォールとミレディを自室へと呼び出していた――。


「ミレディよ。お前の言った策がうまくいったようだ。これでオリヴィア·アトスさえ処刑してしまえば、再結成した銃士隊の隊長はいなくなる」


ミレディは上機嫌に言うリシュリューに頭を下げ、微笑んで返した。


だが、それでもリシュリューの心配はまだあるようだ。


「それにしても本当にオリヴィア·アトスだけでよいのか? イザベラ·ポトスにルネ·アラミスとまだ三銃士は二人残っておるが」


「問題ありませんは、リシュリュー猊下」


それからミレディは、まるで喜劇でも話すかのように答えた。


イザベラは勇猛果敢でメトロポリティ―ヌ王国でも一番の力持ちだが、人を率いる才能はない。


ルネは才知に溢れ、その剣技は芸術の域であり、さらに先見の明に関しては誰も敵わないが、どうしようもない個人主義だ。


以前この二人が銃士隊で活躍できたのは、すべて亡き銃士隊の隊長トレヴィルと、彼女らのリーダー格だったオリヴィアがいてこそ。


いくら英雄とはいえ、イザベラもルネも自分を動かしてくれる頭がいなければ何もできない烏合の衆である。


「そんな二人などがいても銃士隊は上手く機能しません。たとえ再結成したとしてもすぐに解散するでしょう」


「うむ。見事だミレディ。これでこの王国は私の思うがままだ」


そんな盛り上がっているリシュリューとミレディの傍では、ロシュフォールがやたらと冷めた顔をしていた。


(そう思い通りにいくかな? イザベラもルネの奴も堕落したとはいえ元英雄――三銃士の一員だぞ)


ロシュフォールだけは、イザベラもルネ二人のことを見くびらずに、油断できないと思っていた。


けして、口には出さなかったが、彼女は三銃士の強さを知っているのだ。


当然このまま終わるはずない。


そして、ロシュフォールにはさらに気がかりなことがあった。


(あと、あの南方の猪――シャルル·ダルタニャン……奴も暴れるだろうな)


ロシュフォールはそう思うと、なぜか口角が上がっていたのだった。

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