第44話

すっかりケガが治ったシャルルは、再び訓練場へ通う日々を過ごしていた。


彼女はこのところロシナンテを連れて一人で訓練している。


それはシャルルとは違い、オリヴィア、イザベラ、ルネの三人には仕事があるからだ。


シャルルは、オリヴィアからいい加減に働くように言われていた。


だが彼女は、もうすぐ銃士隊が復活するのだから、仕事を探す必要はないと言って訓練ばかりしていた。


「さて、今日の食事当番はボクだから、みんなが帰ってくる前に作っておかなきゃ。急ぐぞ、ロシナンテ」


シャルルが張りのある声で言うと、ロシナンテは大きく鳴き返した。


それから市場に到着したシャルルは、ロシナンテから降りると手綱を引きながら食材を物色し始めた。


やはり最初に目をつけたのは肉だ。


シャルルを含めた四人の中で、特にイザベラは肉がテーブルにないと食事をした気にならないらしい。


だから当然肉を購入しようとするシャルル。


だが、そんな彼女にロシナンテが鳴き声をかけた。


「なんだよロシナンテ? 肉がないとイザベラがガッカリするだろ」


肉屋の店主は、シャルルとまるで会話しているかのように鳴いているロシナンテを見て驚く。


しかも目の前にいるこの少女は、そんな馬の言葉がわかるようだ。


「えっ? 魚も野菜もバランスよく食べなきゃダメだって? そりゃそうだけど……」


ロシナンテに鳴かれ、困ってしまうシャルル。


彼女は魚も野菜もあまり好きではない。


肉はそこそこ好きで、基本的にはパンと果物があればいい人間だった。


ロシナンテはシャルルの健康を気にして、しっかりと栄養を取れる食材を買うように鳴いているようだった。


「なに? 好き嫌いしていたら最強の銃士になれないって? ……わかったよ、ロシナンテ。肉だけじゃなくて魚も野菜も買っていくよ」


そして、シャルルは目の前に肉屋で四人分の鶏肉を買った。


硬貨を受け取った肉屋の店主は、不思議そうな顔をしながらシャルルに声をかける。


「なあお嬢ちゃん。お前、もしかして馬の言葉を話せるのか?」


「……?? いや、話せないけど?」


首を傾げ、店主が言いたいことがよくわからないシャルル。


するとなぜか、傍にいるロシナンテも彼女と同じように首を傾げていた。


店主は「だってお前……」と言いかけたが、寸前のところで止めた。


肉屋の店主はわかったのだ。


ロシナンテはシャルルにとって愛馬以上の存在なのだと。


きっとこの少女と馬は幼い頃からの付き合いで、互いに言葉がなくとも仕草や声の音域で何を伝えたいのか理解できるのだろう。


肉屋の店主はそう思うと、シャルルとロシナンテのことが羨ましくなった。


「いや、なんでもねえや。それよりも俺もなにか動物を飼おうかな」


「……?? いいんじゃないかな?」


そんな店主の気持ちなどわからないシャルルは、適当に相づちを打つのだった。


それからシャルルとロシナンテは、三銃士たちと住んでいる自宅へと戻ると、早速食事の支度を始めた。


シャルルは剣の腕は立つが、正直料理のほうからっきしだ。


包丁を持つ彼女を見たロシナンテは、心配そうに身を震わせている。


「大丈夫だよロシナンテ。ボクだってここへ来てから少しは上達したんだから」


そうは言うが、シャルルのおぼつかない包丁さばきを見ていたロシナンテには不安しかなかった。


皮をむき、適当に切った食材をすべて鍋ぶちこむシャルル。


この料理の仕方は完全なる我流である。


シャルル曰く、鍋のスープさえ味がよければ、他の食材も美味しくなるとのことだ。


「よし! あとはグツグツ煮込むだけだよロシナンテ!」


ご機嫌な様子で鍋をかき混ぜるシャルル。


その傍にいたロシナンテは、そのまるで魔女の家で煮込まれたかのような妖しい鍋を見て恐れおののくだった。


そのとき、扉が開いてオリヴィアが姿を現す。


「おかえりなさい! もうすぐできあがるよ!」


「ただいま。……うっ!? こ、これは……!?」


シャルルが作った料理を見たオリヴィアは、ロシナンテと同じようにおののいたが、文句は言わずに食器の用意を始めた。


それは、ちゃんと渡された硬貨以内で買い物してきたシャルルに、口を出すことは間違っていると思ったのだ。


それと当番とはいえ、自分たちのために慣れない料理を作ってくれているのだ。


それなのに、たかが妖しげな鍋料理を食べるくらいで不満を言うのよくない――。


そう、オリヴィアは思った。


「今日のスープは自信作なんだ」


「そ、そうか……」


顔を引きつらせながらも笑顔を作るオリヴィア。


彼女が、まあ食べて死ぬことはないだろうと思っていると、出入り口の扉が乱暴に開かれた。


「ここはオリヴィア·アトスの家だな?」


そして、そこには赤い制服を着た集団――近衛騎士団たちが冷たい顔をして立っていた。

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