第16話

その後、仕事へ出かける準備を整えたイザベラとルネが、すぐには出て行かずにソファにドンッと腰を下ろした。


「はぁ~しんどいなぁ、面倒くさいなぁ、かったるいなぁ」


「ホントこのまま眠りたいわねぇ。かわいい女の子と抱き合って」


イザベラは腹を擦りながらゲップをし、ルネのほうもワインですっかり酔っぱらっているようで、二人とも、とてもじゃないがこれから仕事へ行くようには見えない。


シャルルは、そんな二人を見ながら顔を擦りつけてくるロシナンテを擦った。


そして、言わないようにしていたことを口にする。


「別に……悪くいうつもりはないけどさ。父さんから聞いていた銃士って、もっと……なんていうか……その……」


言葉を詰まらせるシャルルに、イザベラはフンッと鼻を鳴らした。


だが、シャルルは怯まずに言葉を続ける。


「朝からだらしなく腹をかいたり、酔っ払ってくだを巻いたりするなんて……昨日のカッコよかった三銃士はどこへ行っちゃったの?」


「そうですねぇ」


シャルルの言葉に不機嫌そうにしているイザベラ。


それでも、ルネはそんなことなく、口を開く。


「シャルル、あなたが何を言いたいかはわかるけど。ワタシたちってもうお払い箱なんですよ。このメトロポリティ―ヌ王国は今や赤い連中――近衛騎士団が守っているし。ま、時代といえば時代よねぇ」


まだ若く魅力的な女性であるルネ。


だが、その言い方はもうこのまま死に逝く老人のようだった。


そんな諦めと自嘲が混じった彼女の言葉はまだ続く。


「ワタシたちは銃士だった。だけど、もう戦う場所がないの。だから飲んでやり過ごして、それで騎士団とたまに揉めて、また飲み続ける」


「だ、だけど、昨日のみんなは……」


「でも、この惨めな生活を変える……いや、耐えるには、お金でも鶏肉でもワインでもダメだったみたい。笑っちゃうでしょ?」


口を挟もうとしたシャルルに何も言わせぬように、ルネは素早く言葉を浴びせた。


そのときのルネの目には、昨夜の近衛騎士団と戦っていたときとは別人のようで、まるで魚の目――死人のようだった。


「もう行く……食器のほうは頼むぞ」


それからイザベラが家を出て行くと、ルネも続いて外へと向かった。


そのとき、ルネは少し自分でも言い過ぎたと思ったのか、シャルルに申し訳なさそうな笑みを浮かべてみせた。


だが、それでも挨拶の言葉一つも口にすることはなかった。


家に残されたシャルルは、静かになった広間でロシナンテの体を強く抱きしめる。


「……ねえ、ロシナンテ。どうしたらいいと思う? どうしたら三人が昨日みたいに強く……ボクが銃士に……なれるのかな……?」


その声は、誰が聞いてもか細く弱いものだった。


訊ねられたロシナンテも、困ったような鳴き声を返すことしかできない。


だがそれでも、なんとかシャルルに元気になってもらいたいロシナンテは、激しく彼女のじゃれついた。


それは、ロシナンテなりの発破のかけ方だった。


「わあ!? もういきなりビックリするじゃないか。でも……気を遣ってくれたんだね。ありがとうロシナンテ。さてと、じゃあまずはとりあえず、食器を片付けることからやろうか」


少しだけ元気を取り戻し、笑顔になったシャルルを見たロシナンテは、今度は大きく鳴き返すのだった。


その後――。


シャルルはロシナンテと共に家から出て、街を散歩することに。


少しだけ元気を取り戻したとはいえ、まだまだ意気消沈しているシャルルは対照的に、街は朝から賑わっていた。


「ふん、いい気なもんだよな。こっちは頭を悩ませているのに。ねえ、ロシナンテ」


そんな浮かれた街の様子に腹が立ったシャルルは、ロシナンテに愚痴を言っていると――。


「見つけたぞ! 貧民街のほうへと向かっている! 早く捕まえろ!」


突然浮かれた街を黙らせるくらいの大声が響き渡った。


シャルルは、この声に聞き覚えがあった。


昨夜に一騎打ちをした――近衛騎士団の副団長を任されているジュサの声だ。


自分ことかと思ったシャルルは、思わず身構えていると、赤い制服を着た近衛騎士団の集団はなぜか目の前を通り過ぎていった。


自分ではないのか?


じゃあ、一体誰を追いかけているんだ?


何が起きているのか気になったシャルルは、ロシナンテと共に騎士団を追いかけた。


しばらく追いかけていると、騎士団の全員が足を止めて建物の屋根のほうを睨みつけていた。


どうやらジュサたち近衛騎士団が追いかけていたのは、屋根の上にいる人物のようだ。


「もう逃げられんぞ! この周辺はすべて包囲したのだ! 今日こそお前を首吊り台へ送ってやる!」


ジュサの怒鳴った方向へと顔を上げたシャルル。


そこには、緑色の装束を着た女性が一人高笑いながら堂々と立っていた。

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