第15話

シャルルに訊ねられたオリヴィア、イザベラ、ルネの三人は、表情を曇らせた。


明らかに嫌そうで答えたくなさそうな顔で、手に持ったパンやスープに使う木彫りのスプーンを見ている。


明るかった朝食の空気が昨夜ほどではないにしろ、一気に暗くなり、沈んでしまった。


「話していなかったか? 役人の仕事を手伝ってる」


「そう、お情けでね」


オリヴィアが不機嫌そうに言うと、イザベラも続いて皮肉交じりの言葉を放った。


シャルルは今は何をしているかただ訊ねただけなのに、なぜこんな不機嫌になるんだと、内心で思っていた。


「お役所にいい人がいるんだよ。つーか、アタシらのファンってやつ?」


イザベラがヘラヘラとそう言った。


なんでも銃士隊時代のコネクションで、なんとか食べていけるくらいの給料が手に入る仕事を、役人からもらっているらしい。


書類を片付けたり、街に放っておいてある馬や家畜の回収。


さらには、住民同士のいざこざなどの対処などが主な仕事だそうだ。


「そうか。だからルネは水飲み場にいたロシナンテを連れて行こうとしたんだね」


シャルルがそう言うと、ルネは乾いた笑みを浮かべた。


そして、ワインの瓶に手を伸ばして一気に飲み干す。


「ま、さっきイザベラが言ったように、お情けの仕事……ホントならやらなくてもいい仕事ですけどねぇ」


そんなことはなのではないか?


と、シャルルは言おうとしたのだが、ルネの様子が明らかに苛立っているようだったので、結局その言葉は胸に収めた。


「ルネは教会にもどればいいだろ?」


イザベラが顔を真っ赤にしたルネに声をかけ、手に持っていたライ麦パンを丸呑みして言葉を続ける。


「お情けで仕事をもらうより、そっちのほうがずっといい。お祈りして懺悔を聞いて葬式をやればすぐに大金持ちだ。アタシにがくがあったら、今日にでも修道女シスターになるね」


「ルネってやっぱり教会の人だったの?」


「やっぱりとはなんですか。この格好を見ればわかるでしょう?」


イザベラの言葉を聞いたシャルルが目を丸くして言うと、ルネは次のワインの瓶を手に取って、膨れっ面で返事をした。


シャルルはなんとなく察してはいたのだが(ルネが黒い法衣を着ていたからだ)、どうもルネの態度を見ていると、修道女シスターというよりは売春婦みたいに見えていたからだ。


ルネは、またグイッとワインの瓶を口に当て、ガブガブと飲み始める。


「家庭事情ですよ。生まれたときから経典を読まされていました。しかし、神の子であるために教会に属す必要がないことに気づいたのです」


「ついでに、品行方正でいる必要もないこともな」


吐き捨てるように言ったルネの言葉に、イザベラがまた皮肉を一つ付け足した。


そんな二人に何も言えないシャルルは、オリヴィアのほうを見たが、彼女は全く気にもせずに礼儀作法に則って食事を続けていた。


そして食べ終わると、テーブルの上にあったナプキンで口を拭いて、椅子から立ち上がる。


「では、私はもう仕事へ行くぞ。イザベラとルネも遅れるな。どんな仕事でも仕事は仕事だ」


「へいへい。わかったよリーダー」


「了解しましたよ~、我らがリーダー」


オリヴィアに声をかけられたイザベラとルネは、適当な返事をしてから食事を片付けると、出発の準備に取り掛かった。


それからオリヴィアが出て行こうと扉に手をかけたとき――。


「そうだ、シャルル。私たちの食器を片付けていてくれ。それとこの家の物は好きに使ってくれて構わない」


「わかった。それくらいはやるよ。ありがとうね」


振り返って言うオリヴィアにシャルルは笑顔を返した。


「あとな。お前もこれからの身の振り方を考えておけ。もう銃士隊はないんだ。この国のために戦いたいなら近衛騎士団に入るしかない」


「で、でも、まだ可能性は……」


そしてオリヴィアは、シャルルの返事も聞かずに家を出て行く。


自分は銃士になるために、このメトロポリティ―ヌ王国に来たのだ。


それをあんな偉そうな赤い集団――近衛騎士団に入るなんてごめんだ。


だが、どうすればいいのだろう……。


シャルルはそんなことを考えていた。


そして、行ってしまったオリヴィアが閉めた扉を見て俯く彼女に、傍にいたロシナンテは優しく自分の体を擦り付けるのだった。

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