第10話

それからジュサの猛攻が始まった。


呼吸する間も与えぬかと言うほどの連撃で、シャルルのことを追い詰めていく。


近衛騎士団や三銃士が見守る中、シャルルは防戦一方だった。


「おいおい、ヤバいんじゃないか?」


「ええ、剣の腕はジュサのほうに分があるかもしれません。副団長は伊達じゃないってところかしらねぇ」


イザベラが、手に持っていたサーベルを背にある鞘へと戻しながらそう言うと、ルネが返事をした。


そんな二人の会話にオリヴィアが口を挟む。


「だが、奴の剣は傲慢に満ちている。それが勝敗を決めるだろう」


そのオリヴィアの言葉を聞いた二人は、笑みを浮かべながら頷いた。


「どうした田舎者。受けるのが精一杯か? 私はまだ本気ではないぞ」


凄まじい連撃を繰り出しながらも、まだ余裕のあるジュサ。


反対にシャルルは、誰が見ても押されているのが明白だった。


「そろそろ本気を出すか。終わらせてやるぞ」


ジュサはそう言葉を放つと、さらに剣速を上げていく。


すると少しずつだが、シャルルは剣を受け切れずに、ジュサのサーベルがその身を突き刺していくようになった。


そして、ついにシャルルが体勢を崩す。


構えが解け、今にも倒れそうになったところをジュサは見逃さずに剣を突く。


「トドメだ! 死ね田舎者!」


ジュサが叫んだ瞬間――。


彼女の右肩にシャルルのレイピアが突き刺さった。


ジュサは堪らず剣を落としてしまい、シャルルはその剣を足で蹴り飛ばして拾えなくする。


「ま、まさか……カウンターを狙っていたのか!?」


右肩を抑えながら苦痛と驚愕の表情になっているジュサは、両目を見開いて叫ぶように訊ねた。


そんな彼女の喉元に剣を向けたシャルルは、ニコッと笑みを浮かべる。


「ボクの勝ちだ!」


「お前……何者だ!? ただの田舎者じゃないな。名を名乗れ!」


「ボクの名はシャルル·ダルタニャン!」


そして、ジュサの喉元に向けていた剣――レイピアを高々と掲げる。


「メトロポリテーヌ王国で最強の銃士になる者だよ!」


その名が広場に響き渡ると、近衛騎士団がざわめきだした。


三銃士はそれを見て、さも当然といった様子でシャルルの勝利を喜んでいる。


「ダルタニャン……」


騎士団の後ろにいた団長であるロシュフォールもその名を口し、口元に笑みを浮かべた。


その表情は笑顔というよりはむしろ、獲物を見つけた野獣のような形相だ。


ロシュフォールは、ほとんど忘れかけていた小さな馬に乗る少女に、かなりの興味を持ったようだった。


副団長が一騎打ちで破れ、ロシュフォールも前へと出る様子はない。


近衛騎士団員たちの戦意は失われつつあった。


「……引くぞ。全員退却だ」


ロシュフォールが冷たくそう言うと、騎士団員たちは一人、また一人と広場から引き揚げ始めた。


ジュサは血が流れている右肩を抑えながら、部下たちが逃げていくのを呆然と見ていた。


そして、シャルルのよって蹴り飛ばされた己の剣を二本拾い、膝に当てて刃を思いっきり折った。


それを地面へとぞんざいに投げ捨て、その場に両膝をついた。


それはシャルルに対して負けた認めた――降参したことの表れだった。


口には一切していないが、騎士として、ジュサの精一杯の意思表示である。


ロシュフォールは部下を引き揚げさせてると、そんな彼女の傍へと行き、手を差し伸べて自分の肩を貸して立ち上がらせた。


そして、ロシュフォールはシャルルに向かって声をかける。


「いいのか? 決闘は貴様の勝ちだ。この者の生命与奪の権利はそちらにあるのだぞ?」


「命を奪う必要はないよ。ボクはただロシナンテを傷つけたことが許せなかっただけだから」


「甘いな。……まあいい」


そして、打ちのめされてるジュサを連れてその場を後にしようとすると――。


「次はお前だよ! ロシュフォール! ロシナンテをバカにしたことをボクは忘れていないからな」


ロシュフォールは何も答えることなく、背を向けたまま広場から姿を消した。


そして、広場が再び静けさを取り戻すと、シャルルはどっと疲れが出たのか、その場で倒れてしまった。


ロシナンテは誰よりも早く彼女の元へと走り、続いてオリヴィア、イザベラ、ルネの三人も慌てながら近寄った。


だが、倒れているシャルルの顔を見てすぐに安心する。


「うぅ……お腹空いたよぉ。やっぱりパン一切れじゃすぐに疲れちゃう……」


呻いて言うシャルルの顔を舐めるロシナンテ。


その様子を見ていた三銃士は――。


「あちゃ―しまらないなぁ」


――イザベラ。


「でもまあ、この娘らしいですよ。ねえ、オリヴィア」


――ルネ。


「ああ、そうだな。それにしても……こんな気分は久しぶりだ」


――オリヴィア


それは三人にとって、ずっと忘れていた喜びの笑いだった。

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