第11話
広場で始まった近衛騎士団との戦いは、副団長である短髪の女性――ジュサをシャルルが打ち負かせたことにより、終わりを迎えた。
そして、今シャルルはぐったりした様子で、愛馬ロシナンテの背中に乗っている。
それも仕方がない。
彼女は今日、食事らしい食事をろくに取っていなかったのだ。
パンやチーズくらいで、年頃の少女が腹が満たされるはずもない。
その状態でメトロポリティ―ヌ王国でも名高いジュサを相手に一騎討ちをし、なおかつ勝つことができた。
それは、たとえ相手が油断と慢心で剣が鈍っていたとはいえ、シャルルの実力を意味していた。
だが、今の彼女はもう薪が燃え尽きてしまった暖炉のように元気がなくなり、すっかり意気消沈してしまっている。
「うぅ……ロシナンテ、お腹へったよぉ」
呻くシャルルに、ロシナンテは心配そうに鳴き返した。
そんなロシナンテの周りを一緒に歩く三人の女性――。
オリヴィア、イザベラ、ルネの三銃士である。
いや、正確には彼女たちは元銃士だ。
王国の宰相――リシュリュー枢機卿は、昔からあった銃士隊を解散し、新しく結成した近衛騎士団にこの王国を守らせるようにルイ王女へ進言した。
リシュリュー枢機卿に逆らえないルイ王女は、よくわからないままそれを受け入れた。
だが、その進言に異議を唱える者が――当時の銃士隊の隊長だったトレヴィルだ。
そこでリシュリューが、銃士隊のトレヴィル隊長と近衛騎士団の団長――ロシュフォールとの一騎打ちで決めてはどうかと提案した。
剣に自信のあるトレヴィルはそれを受け入れ、決闘が決まる。
だが、トレヴィルは近衛騎士団の団長ロシュフォールに敗れ、その命を落とした。
そして、それから銃士隊は解散。
当時こそ英雄だったオリヴィア、イザベラ、ルネの三人も職を失い、王宮から締め出されてしまい、現在は三人で役人のやる仕事をして暮らしていた。
「なにはともあれ、とにかく食べ物だな」
「あとお酒もね」
イザベラがご機嫌でそう言うと、ルネも弾んだ声で続いた。
二人の言葉を聞いたオリヴィアは、少しムッと顔を強張らせたが、その後に力の抜けた大きなため息をつく。
その彼女のやれやれと顔に書いてありそうな表情は、呆れているようで、どこか嬉しそうでもあった。
「じゃあ、帰ってパーティーでもやるとするか。この田舎者……いや、銃士に憧れるこのシャルル·ダルタニャンの勝利を祝って」
「おぉ! ジュサのやつを叩き伏せたのは見事だったもんな」
「これであのケツ丸出し副団長も、少しは己の慢心を悔い改めることでしょう」
オリヴィア、イザベラ、ルネの三人は、憎っくき近衛騎士団に一泡吹かせたのが嬉しいのか、かなりの上機嫌だ。
夜の道を歩きながら、三人でシャルルの功績を称えている。
傍をいるロシナンテも、まるでそれを自分のことのように喜び、嬉しそうに鳴いていた。
「早く……なにか食べたいよぉ……」
だが、シャルルはそんな三銃士の言葉も愛馬の歓喜の鳴き声も耳に入ってはいない。
ただ、今にも泣きそうな顔で腹の虫を鳴らしているだけだった。
それからシャルルとロシナンテは、三人が住む家へと向かった。
「とても人を招待するような家ではないが、外よりはマシだろう」
オリヴィアが自嘲するように三人が暮らす家は、元銃士隊の英雄が住んでいるというにはあまりにも粗末なものだった。
石の壁には濃い緑の苔が覆いつくし、扉や窓は補強されているせいかツギハギだらけ。
まるで幽霊屋敷とでも言えそうなものだ。
扉を開け、シャルルを乗せたロシナンテを中へと入れる。
ロシナンテは、ファラベラという品種で大きさも70cmほどしかない小さな牡の馬だったせいか、それともシャルルが家族同然に扱っていたせいなのかわからないが、本来なら三人は家の中に馬を入れたりはしない。
だが、三人は気にせずにロシナンテを我が家へ迎え入れたのだった。
部屋の中は外から見るよりもさらに酷い。
窓は二階にしかなく、しかも壊れていて開きもしない。
この家の大広間といえそうなところには、大きなテーブルがあるが、そこには飲みかけのワインの瓶や、食い散らかしたのであろうウサギだか鶏だかの骨がそのまま置いてあった。
住む家を見れば、そこに暮らす者の心の荒れぶりがわかるというが、この部屋を見れば、オリヴィア、イザベラ、ルネ三人の自堕落、または放蕩ぶりが伝わるというものだった。
「さあ、ジャンジャンやってくれ」
「遠慮しなくていいわよ」
イザベラとルネがそう言うと、その瓶と骨だらけのテーブルに新たなワインと肉の塊が置かれた。
その間に、オリヴィアは少しでも部屋を綺麗に見せようと片づけをしていた。
他の二人とは違い、彼女は少し恥ずかしそうにしている。
おそらく、ここまで酷くなっているとは思っていなかったのだろう。
オリヴィアはせめてもう少し掃除をしてから招きたかったと、顔を赤くしていたのだった。
「ありがとう! じゃあ、いっただっきまーす!」
だが、シャルルは部屋の汚さなど気にせずに、出された肉にかじりつくのであった。
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