第二節 『孟子』の城郭観

 この『孟子』の城郭観は、公孫丑下篇によくあらわれている。


孟子曰、天時不如地利。地利不如人和。三里之城、七里之郭、環而攻之而不勝。夫環而攻之、必有得天時者矣。然而不勝者、是天時不如地利也。城非不高也。池非不深也。兵革非不堅利也。米粟非不多也。委而去之、是地利不如人和也。故曰、域民、不以封疆之界。固国、不以山谿之険。威天下、不以兵革之利。得道者多助、失道者寡助。寡助之至、親戚畔之、多助之至、天下順之。以天下之所順、攻親戚之所畔。故君子有不戦、戦必勝矣。


 「天時」とは五行などで日時の吉凶から攻撃の機会を占う方法や、季節、天候、昼夜などから自軍に有利な時を選んで攻撃する方法であるが、このような戦い方は「地利」を得た堅牢な城に勝るものではない。そしていかに食料が豊富で防備の堅牢な城であっても、住民が逃亡してしまうことがあり、こうした物理的要素に頼るよりも、「道」を得た政治によって「人和」である人心の統一を行うことの方が重要であるとしている。『孫子』をはじめとした兵家言にも「天時」に頼る戦争よりも、「地利」や「人和」による戦争を優先する姿勢が見られるが、『孟子』にあっては「人和」を最も上に置いていることを特徴としている。そして離婁上篇では、


是以惟仁者宜在高位。不仁而在高位、是播其悪於衆也。上無道揆也、下無法守也、朝不信道、工不信度、君子犯義、小人犯刑、国之所存者幸也。故曰、城郭不完、兵甲不多、非国之災也。田野不辟、貨財不聚、非国之害也。上無礼、下無学、賊民興、喪無日矣。


城郭や財力などの物理的経済的問題よりも礼による国内の秩序の統一を優先する考えが見られる。そして公孫丑上篇に、


孟子曰、仁則栄、不仁則辱。今悪辱而居不仁、是猶悪湿而居下也。如悪之、莫如貴徳而尊士。賢者在位、能者在職、国家間暇。及是時明其政刑、雖大国、必畏之矣。


とあるように、仁政を行えば最終的には大国を恐れる必要もなくなるという王道論に帰結し、もはや城郭について議論する必要はなくなるようである。

 しかし、城郭の存在そのものに関しては否定しなかったようである。告子下篇では、


白圭曰、吾欲二十而取一、何如。孟子対曰、子之道、貉道。(中略)夫貉、五穀不生、惟黍生之。無城郭宮室宗廟祭祀之礼、無諸侯幣帛饔飱、無百官有司。故二十取一而足也。今居中国、去人倫、無君子、如之何其可也。


「中国」に対応する異民族の「貉」は城郭を持たない民族として書かれ、これは逆に「中国」の民は城郭の中に住んでいることを自明としており、さらにそのことが「中国」の民の文明的象徴であることを意識している。これは『管子』軽重戊篇に「民乃ち城郭・門閭・宮室の築を知り、而して天下之に化す」と、「城郭・門閭・宮室の築」を知ることが、文明化のあらわれとして登場することと対応しており、また、司馬遷が遊牧民を「行国随畜」(『史記』大宛列伝)と呼んで、城郭に居住する自分たち漢民族と区別して呼んだ事と一致している。特に儒家は先王の制を尊ぶので、城郭の防衛上の機能には否定的であっても、先王の時代から存在する城郭そのものは否定の対象ではなく、むしろ肯定すべき存在であったと考えられる。さらに梁恵王下篇においては、


滕文公問曰、滕小国也。間於斉楚。事斉乎、事楚乎。孟子対曰、是謀非吾所能及也。無已則有一焉。鑿斯池也、築斯城也、与民守之、效死而民弗去、則是可為也。


城郭城濠の修築補強作業を通しての人心の一統を主張している。これは一見、城郭の価値を評価しているように見えるが、孟子の目的は多分に人心の一統の方にあり、城郭城濠の修築はそのための方便として利用しているものと考えられ、必ずしも方便以上の価値を城郭に認めたものではないと考えられる。孟子は万章下篇でこのような議論をしている。


万章問曰、詩云、娶妻如之何。必告父母。信斯言也。宜莫如舜。舜之不告而娶、何也。孟子曰、告則不得娶。男女居室、人之大倫也。如告則廃人之大倫、以懟父母。是以不告也。


 結婚をする際、親に報告して許可を取るのが孝であるが、孝行で有名な舜は父母に憎まれていたので、報告しても結婚の許可を取れる見込みがなく、そのことで父母を恨んで孝から外れるのを避けるために敢て報告せずに結婚したという解釈を示した。つまり孟子は、目的のために最善の行動が不可能な場合は、次善の行動でもって代えることも容認する柔軟な思考も示している。先に引用した梁恵王下篇の城郭強化策も「已む無くんば則ち一有り」と断りを入れており、これが最善の策ではないことを自覚していたことは明らかである。

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