第一章 『孟子』に見られる城郭観

第一節 『孟子』の成立時期

 孟子は山東省西南部の小国鄒の生まれである。生没年ははっきりしないが、大体紀元前三七〇年~前二九〇年頃の人と言われており、その壮年期は百家争鳴の最も盛んな時期であった。『孟子』に記述される孟子は遊説家として本格的に活動を始めた後、梁(魏)の恵王に見える梁恵王篇から始まっており、それ以前の事績は明らかではない。孟子が恵王に会ったのは恵王の最晩年で紀元前三二〇年頃のことである。恵王が薨じた後、孟子は魏から斉に行き、斉の宣王を説いて採用され宣王の顧問となるが、宣王との意見の食い違いから職を辞して斉を去り、宋へ行った後、故国の鄒へ帰ったが、そこで隣国の小国滕の文公からの招聘を受けて、井田制など自らの思想に合致する改革を行った。『孟子』はこうした孟子の遍歴と、その中での孟子の言行を弟子などが集編したものとされており、その内容は孟子の活動した戦国中期紀元前三〇〇年前後の社会状況を、かなりの確実性で反映していることは、多くの研究者の一致した見解である(注15)。


(注15) 伊藤倫厚『孟子―その行動と思想―』(評論社 一九七三)、吉本道雅「孟子小考―戦国中期の国家と社会―」(『立命館文学』五五一 一九九七)など。また『孟子』に関しては焦循『孟子正義』(諸子集成)を参照した。

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