第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その150


『それじゃあ!ぼくにのってー!!どぅーにあ!!』


 ゼファーは長い首を低くする……そうだな。いい子だ。ドゥーニア姫は最前列に乗せてやるべきだ。この戦の勝利を告げるためには、そこがいいもんな!


「分かった。良い子だな、ゼファーよ」


「当然だ」


 『マージェ』がドヤ顔モードでそう言っていたよ。ドゥーニア姫は聞こえていたのだろうな。言葉を返すことはないが、口元をニヤリとさせていた。馬に乗るときの作法を変えた動きで、ドゥーニア姫はオレの脚のあいだにやって来る。


「……熱いな」


「『竜鱗の鎧』は熱を帯びているからな……」


「砂漠では鋼は適さんぞ。鎧のなかは汗まみれだろう」


「戦場で暴れれば、どっちにしろ、汗まみれだ。汗臭いか?」


「いいや。血の匂いの方を嗅げるな」


「お互いさまだよ」


「魅力が下がってしまったかな?」


「くくく。そうでもないよ。返り血は、勲章みたいなものさ。勇敢なるドゥーニア姫。オレたちのような戦士には、よく似合っている」


「ああ。では、ゼファー。私を空へと導いてくれるか?」


『おっけー!とんでいいよね、『どーじぇ』?』


「もちろんだ。行こうじゃないか」


『うん!!』


 雄々しく翼を広げて、ゼファーは加速してスピードを帯びる。そのまま空へと飛びあがると、翼を何度か羽ばたかせて上空へと浮かんだ。翼に技巧を躍らせながら、ゼファーはいまだに黄金色に燃える炎がくすぶる地上を飛び抜けていく。


『どこからいくのー?』


「このまま、まっすぐでいいぞ。南側のいちばん遠いところを囲んでいる戦士たちから安心させてやるべきだ」


『らじゃー!!』


 『イルカルラ砂漠』の熱風を貫きながら、ゼファーの凱旋は仲間たちの上空へとたどり着いた。ドゥーニア姫は身を乗り出して、曲刀を空に向けて持ち上げて、刃に太陽の光を宿らせる。地上からでも、あの煌めきは見えたはずだ。


 傷つき疲れ果てた戦士たちは、竜の背にいる戦姫の美貌に気が付いただろう。


「おお!ドゥーニア姫だ!!」


「姫ええええええ!!」


「我らが、指導者だあああああ!!」


 戦勝の気配を嗅ぎ取り、戦士たちのあいだに漂っていた張りつめた緊張感が解けていく。ドゥーニア姫はその様子をしばらく満足げに見下ろしていたが、見計らっていたタイミングが訪れたのか。稲妻の声を使う。


「『新生イルカルラ血盟団』の戦士たちよッッッ!!!アルノアは滅びたッッッ!!!アルノアが呼び寄せた邪悪な呪いの産物も、竜とその騎士たち、『パンジャール猟兵団』の手により討ち滅ぼされたのだッッッ!!!勝利を得たぞッッッ!!鋼を空に掲げ、勝利を叫べッッッ!!!我々の勝ちだああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 熱風の踊る『イルカルラ砂漠』のよく晴れた青い空を、ドゥーニア姫の歌が響き渡っていく。


 戦士たちの疲れ果てた顔が次々と笑顔に変わり、返り血と砂ぼこりにまみれた腕を持ち上げて、力の限り歌を放った。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「勝利だあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「『新生イルカルラ血盟団』、ばんざああああああああああいッッッ!!!」


「ドゥーニア姫と、我々の勝利だあああああああああああああッッッ!!!」


 ゼファーは勝利の歌を腹に当てながら、嬉しそうに目を細め、こちらを振り向いた。


『えへへ!みんな、うれしそーだよ!!』


「勝利したことが分かったからだ。ドゥーニア姫よ、他の場所も回ろう」


「『政治』もした方がいいだろうからな。そなたの真の雇い主にも、見劣りしない政治力を私が持っていた方が、この国を守りやすい」


「対等な同盟を築く。それは、クラリス陛下の望みでもある。ゼファー、凱旋するぞ。『新生イルカルラ血盟団』の戦士たちの頭上を回れ!!」


『らじゃー!!』


 凱旋は続いたよ。戦士たちは、この土地の新たな君主であるドゥーニア姫の言葉を待っていた。竜の訪れと共に放たれる、ドゥーニア姫の歌。それに呼応して、戦士たちは鋼を掲げ、歌を奉げる。


 勝利の歌に『イルカルラ砂漠』の地上と空はあふれていった。


 勝利の歌が、ドゥーニア姫と『新生イルカルラ血盟団』、そして『パンジャール猟兵団』を讃えていたな。『ゲブレイジス/第六師団』を称える歌は響くことはないというのは、少しばかり不安だと感じていたが、ドゥーニア姫は政治が上手だ。


「新たな友人たちよッッッ!!諸君らの健闘、私は忘れることはないぞッッッ!!!メイウェイ!!そして、マルケス・アインウルフに率いられた、新たな友人たちよッッッ!!!この戦場での諸君らの勇敢さを、私は忘れることはないッッッ!!!」


 地上にいる『ゲブレイジス/第六師団』の戦士たちは、疲れ果て過ぎているせいで、大きく歌を放つことはなかった。だが、それぞれの鋼を掲げることでドゥーニア姫の言葉に忠を奉げていたよ。


 彼らは帝国人ではなくなった。裏切り、この『メイガーロフ』の戦士、あるいは傭兵として生きるしかなくなったのだ。それは、このドゥーニア姫という新たな主君に仕えることと同じことだった。


 ……地上の炎が消え去ったころ。『新生イルカルラ血盟団』の勝利を祝う歌も消えて、皆はゆっくりと『ガッシャーラブル』へと向かった。疲れ果てた戦士たちも、家族を抱き上げる力は生まれるものだ。


 戦勝に喜び、生き残れたことを蛇神へと感謝する人々がいる。ククルの言葉を、オレたちは忘れてはいない。『古王朝のカルト』に端を発する神々への信仰が、呪いの触媒になっている可能性……。


 ククルの直感を無視することは、オレには出来ない。だが、この『メイガーロフ』に根付いた信仰を否定することも拒絶することも、砂漠の戦士たちには出来ないし、それをする必要もないだろう。


 ……すべきことは相変わらず山積みではあるんだが。オレたちの任務に、新たな役目が増えそうな予感がする。クラリス陛下に報告書を渡す必要があるな……『古王朝のカルト』は実に有害かつ有効な呪いを生む危険があり……皇太子レヴェータはご執心だ。


 この戦いの情報が、クラリス陛下に届くころには……帝国にも届いている危険がある。そいつは、かなり厄介だな。


 忙しくなる。


 だが。今日ぐらいは戦勝の喜びにひたるとしようじゃないか。


「お兄ちゃーんッッッッ!!!!」


 ミアの声を聞いたゼファーが、空を旋回しながら地上へと向かってくれる。地上にゼファーが降りるよりも前に、シスコンのオレは空を飛んだよ。


 大地に着地すると、飛びついてくるオレの妹を受け止めた!!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る