エピローグ 『ククル・ストレガ・レポート』
……こうして、私たち『パンジャール猟兵団』とドゥーニア姫の『新生イルカルラ血盟団』、『太陽の目』……そして、マルケス・アインウルフとランドロウ・メイウェイの『ゲブレイジス/第六師団』の連合軍は勝利したんです。
戦力の消耗は悲劇的なほどではないものの、かなりの死傷者が出てしまっています。
しかし、朗報は少なからずありました。
まずはメイウェイを支持する帝国兵らの、『メイガーロフ』への帰化です。『第六師団』だけでなく、底辺から這い上がったメイウェイに共感を抱く、ベテランの帝国兵たちの少なくない数が帝国を裏切り、『第六師団』と同じようにドゥーニア姫の支配下に入りました。
彼らは『傭兵』というようなスタンスであると、ソルジェ兄さんは語っています。帝国は侵略戦争のあげく領土を広めていった集団であり、その版図の拡大に伴って『取り込まれただけの戦力』も少なからずいたのです。
彼らは別の祖国を持っていた。
帝国に友好的に帰順した国もあれば、力ずくで併合を強いられた国もある。その遍歴をもつ彼らは、純粋にファリス帝国に仕えることは出来ないようです。
メリットを提供されるから、ファリス帝国に仕えることを選んだだけ。
思想や哲学や血で縛られているものではないのです。
……帝国以外に忠誠を誓っていた彼らは、この事態になれば、メイウェイの勧告に従いやすかったのでしょう。彼らは、メイウェイや……それ以前のリーダーである、マルケス・アインウルフの『結婚政策』に縛られてもいました。
現地人……『メイガーロフ人』との結婚を奨励していたわけです。そうすることで、彼らは血の結束を作り上げ、『メイガーロフ人』を帝国に組み込むという力学に利用しようとした。
私たち『メルカ』にとっては、少しばかり結婚制度に幻滅を覚えもしますよね。もっと恋愛や絆が重視されているものだとばかり。現実の結婚は、ソルジェ兄さんとその奥さんたちみたいに愛が優先された結びつきとは限らないようです。
ともかく。
結婚政策のおかげで、古参の帝国人の少なくない数が『メイガーロフ人』との縁を持っていた。人間族同士の結婚だけでなく、一種のタブー扱いされているはずの、異種族間の結婚も、この土地では少なくなかったようです。
帝国の常勝将軍として『活躍』していたというマルケス・アインウルフの思想は、意外なほど寛容さを持っていた。
……世界は複雑なようにも見えます。長老。私たちには『外』について、学ぶべきことが、まだまだ多く残されているようです。
ヒトのもつ政治……それぞれの『正義』によって動くその理念。それは、あまりにも身勝手なところを持っていて。合理性を越えた、非合理の領域に君臨しているようです。
ソルジェ兄さんに質問してみたところ。
『あらゆる正義は歪んでいるのさ』。という言葉をいただきました。たしかに、そうなのかもしれません。あらゆる行いは、それぞれの『正義』を持っていて、それぞれの正しさに規定されてはいるのですが……。
どれもが。
歪んでいるのです。
おそらく、私たちの『正義』も、歪みとは無縁ではいられないのでしょう。
『誰もが生きていてもいい世界』は、誰かの価値観にとっては『歪み』でしかないのかもしれません。実現するには、とても困難な道。妥協すれば、誰かを見捨てた方が、少し楽になる道。それでも、『欲しいから力ずくでも手に入れるんだよ』。
……ソルジェ兄さんは、迷わないみたいです。
いいえ。死ぬほど迷って答えを見つけたのかもしれません。
やさしくて。こわい。
強くて。愛おしい。
それが、私たちのソルジェ兄さんなんですから。
……。
……脱線してしまいましたね。
『メイガーロフ』の情勢についての報告を続けます。
帝国軍に加担していた若者たちの一部は、砂漠を越えて南下し、帝国の勢力下に向かおうとした者もいました。多くはありません。数で言えば、153人でした。誤差は数人だと思います。
この掃討を行ったのは、『パンジャール猟兵団』だからです。ゼファーちゃんの力を得て、彼らや南下しようとした部隊を捕捉して、その全員を狩り殺しました。
ドゥーニア姫の命令でもあり、私が提言した作戦でもあり、ソルジェ兄さんの懸念から来る選択でもあったのです。『パンジャール猟兵団』が誰と戦うことになるのかは、団長だけが決められる権利なのだから。
私たちは『メイガーロフ人の裏切り者ども』の数を問題視したわけではありません。『古王朝のカルト』の呪術が、アルノアによって使われ、それが有効な『兵器』として使用されたという事実を封印してしまいたかったのです。
もちろん。情報を完全に消し去ることは出来ないでしょうが。それでも、時間稼ぎをすべきです。
……長老。『星の魔女アルテマ』と同じような力。あるいは、それよりも厄介な完成度をもった呪術が、南の『古王朝』の地には遺されているようです。
帝国の皇太子が、その力に執心のようで、アルノアはその人物のために激戦の最中でも戦力を犠牲にして、『古王朝のカルト』の品を求めた。アルノア自身が持っていた呪術の核、『賢者の石』に……もしも、『カムラン寺院』の宝物庫にあった『本』が重なっていたら?
……恐ろしい力を成立させた可能性は高いと思います。
……蛇神ヴァールティーンを祀る『太陽の目』の僧兵たちが、後生大事に邪教の本を宝物庫に隠し持っていた。
現代の僧兵たちは不本意であるとしか感じていなかったようですが、持ち込まれた時代においては、蛇神と『古王朝』の神々は、同一か同類だったのではないかと感じます。
宗教はよく広がるみたいです。神話と神話、聖なる作り話たちは、親和性があるのでしょう。ヒトは自分たちの望む形に、神さまだって……『歪める』んです。宗教の『正義』も、政治の『正義』も同じみたい。
みたいというか。
同じなんだと思います。
……我々は、南下する帝国兵を狩り取りました。こうすることで、少しは『古王朝のカルト』の有効性を帝国が知る危険を管理できるかもしれません。
この兵士どもは、目的していた可能性があります。砂漠の果てに、『悪意の枝』とソルジェ兄さんが呼ぶ異形の何かが出現したことを。
それを『蛮族連合』の悪の秘術が召喚したとでも『歪める』のかもしれませんが、皇太子の耳にでも入れば、『古王朝のカルト』の祭祀を積極的に戦争利用するかもしれません。
そして。
彼らを敵の領域に戻さなかったことで、『帝国に親しみを持っているメイガーロフ人の逃亡を防止した』。少なくない数が、いますから。帝国に寝返ろうとした人物を減らすための見せしめを、ドゥーニア姫は望んでいました。
結果は上手く行っています。
今のところは。
……南に逃げようとしなかった『元・帝国兵の若者ども』は、メイウェイの働きかけもあって処分は保留です。ドゥーニア姫は、メイウェイが負傷から回復すれば、その指揮下につけて『責任を取らす』と言っています。
彼らを処分した方が、私としては後の憂いにならないと思いますが、メイウェイに命を助けられた恩義をもっている彼らは、もしかしたらメイウェイに忠犬のように仕えるかもしれません。可能性のハナシになりますが……。
……とりあえず。報告はこれぐらいです。『古王朝のカルト』についての考察と報告書は、別の便で送った資料にまとめていますので、そちらをお読みください。それでは、長老。お休みなさい。
「ふわあ……っ!!」
「おつかれ、ククル」
「は、はい。は、はしたないあくび姿を見せてしまいました……っ」
「構わんさ。お前も書類仕事で疲れただろう」
「はい。忙しかったですからね、この二日は……戦争よりも忙しかったかも?」
「戦後処理の方が厄介なものさ」
それを教えることが出来たのは、ククルにとっては大きな糧になるだろう。天才だからな、どんな経験値でも吸収して、実力に反映していくさ。
だが。
今夜は書類仕事で疲れすぎだ。何ていう量を書いているんだろうか?……運ぶ『フクロウ』たちも疲れてしまいそうだ。美味しいネズミ料理の仕方を知っていたら、ねぎらいの料理を作ってやりたくなるが……まあ、作り方を知らないからなあ。
「ほら。ココアだぞ。甘い砂糖をたっぷりだ」
「あ!ありがとうございます……砂漠って、夜はやたら冷えますから、こういうの、いいですよね」
「そうだな。あまり遅くまで起きてるなよ?」
「はい。もう報告書は書き終わりましたので、眠ります……ソルジェ兄さんは、出かけるんですか?」
「……ああ。マルケスのために、動く」
「……彼のご家族を、安全な場所に運ぶためにですね」
「そうだ。ゼファーで帝国領に入り、マルケスを家族に渡す」
「彼は……いえ、そうしてください」
逃亡を心配したのだろう。マルケスが帝国軍に復帰する可能性も。だが、口にしなかったな。そいつもまた成長だ。
「仲間を信じろ。それでいい。同じような信念を持つ者を、信じてやるんだ」
「……はい。それが、ソルジェ兄さんの『正義』……『誰もが生きていていい世界』は、『誰もが参加しなければならない』ですもんね……」
「オレたちには仲間がいるのさ。まだまだ、多くのな」
「……はい!……ソルジェ兄さん、ご武運を!」
「すぐに戻るさ。ではな、オレの妹分ククル・ストレガよ。お休み」
「はい!」
……オレはククルがココアを見つめる姿を見たあとで、部屋から出た。砂漠の夜の冷たい風の下で……星を見上げているゼファーを見つける。マルケスも、ギュスターブも集まっていたよ。オレが一番、遅れたようだ……。
……さてと。ゼファー、帝国領に突っ込んでみるぞ。向こう見ずな男の家族を、死なせないようにするために。
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