第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その149
黄金色の竜巻はゆっくりと弱まっていく。全ては終わり……アルノア側の戦力は滅び去った。救護所に退避していた者たちも含めてな。望んでいた最良の結果ではないが、それでも勝利は祝うべきだ。
だが。
戦場の状況を皆が把握しているわけではないからな。とくに、『悪意の枝』や『オー・グーマー』を目撃した戦士たちは、困惑している。
告げるべき者がいるな。我々の勝利はすでに訪れているが、君の声で伝えるべきだな、ドゥーニア姫よ。
眼下には仲間たちがいたよ。カミラとガンダラと、ドゥーニア姫だ。護衛のナックスも無事そうだし……ああ、目立つところには顔を出す男だな。マルケス・アインウルフよ。
「……ゼファー。凱旋の飛行はお預けだぞ」
『うん。どぅーにあの、おしごとー!』
翼の先を空へと向けながら、減速の風に乗ったゼファーは馬から降りて両腕を組んでいるドゥーニア姫のもとへと向かう。螺旋を描くゆったりな降下で軌跡を描き、着地した。
『ちゃくち!』
「ああ。ご苦労様だったな、ゼファー」
『うん!!どぅーにあも、ごくろーさま!!』
「ハハハ!!そうだな……なかなかに長い戦であったぞ!!ともに風呂に入るか?」
『ぼくと?おんせんは、だいすきだよー!』
「……そいつは面白い試みではあるが、ドゥーニア姫。報告させてもらうぞ」
「ああ。どうなった、アレは……というか。今は、どういう状況だ?」
「手短に話せば、アルノアは滅んだ。アルノアを……あの『異常な状態』にしていた呪術も基本的にはクリアだ」
「……気になる言い方だな」
「『古王朝のカルト』の力……そいつは、どうやら本物だったようだ。さっきの異常な光景は、『侵略神/ゼルアガ』の力とヒトの呪術と、高度な人体錬金術の合わせ技であり……この呪いは、おそらく空や大地に刻まれている。この世界そのものには、『古王朝のカルト』の力は残存している」
「……ふむ」
「あ、あの。差し出がましいかもですが、私に捕捉説明させてくれませんか、ソルジェ兄さん?」
「そうだな。お前が最も適切な説明をしてくれるだろうから。頼むぜ、ククル」
「はい!頼まれました!……ドゥーニア姫―――」
「―――難しいのなら、手短でもいい。私が知りたいのは、敵の脅威レベルだ」
「は、はい。アルノアと『ゼルアガの一部』は消滅しています。現状では、この戦場に脅威はありません」
「現状では、か」
そこから先が、説明や捕捉がいる部分だろうな。オレの考えよりも、ククルの考えを頼るべきだな。ククルの方が、賢さは遥かに上回る。それに、オレには出来ない視点での解釈もしているはずだ。オレの妹分は、天才なんだからな。
「……『ガッシャーラ山』などの蛇神の聖地は、『古王朝のカルト』の力が刻まれている可能性があります。蛇神の神話や七つの戒律などの在り方は……『古王朝』の持っていた特徴に似ています」
「……『太陽の目』の僧兵たちがいなくて、助かる発言をした可能性に気づいているかい、ククル・ストレガ」
「はい。宗教は……『メルカ』の外では大きな力を持っているんですよね。学びました。ヒトは、神さまに頼ってしまう、どこか弱さを持っていると……」
「信仰は弱さかな?」
「……いえ。そうとは限りませんが。義務の根拠となっていると教えてくれた僧兵さんもいました。強さを与えてくれる。『正義』を補強してくれる。でも、きっと弱さや欲求を含むものでしょう」
「否定しがたい考察だよ」
「私たちは錬金術師なので、あまり神秘に関心はありませんでしたが……祈りたくなる気持ちは分かっています。世界はきっといつでも不完全だから」
「……それで。君の予測では」
「蛇神ヴァールティーンは、『古王朝』の神々の一柱だったのだと考えます。というか、多くの神々が、『古王朝』に由来を持つかもしれません。私は、世界に広まるように刻まれた呪術に……多くの神々……宗教というものが利用されているのではないかと感じます」
……女神イース。イース教の信者たちに絡まれるように、数世紀に渡って複数回の侵略を受けた『コルン』たちの意見か……。
世界に広まった宗教に、呪術をかけていた?
……だから、ゾーイ・アレンビーは『レミーナス高原』から遠く離れた帝都でも、呪いにかけられた?
……まさか。『星の魔女アルテマ』と『コルン』たちの辿った歴史が、イース教のテーマに採用されたことは……『星の魔女アルテマ』の狙いだったとでも考えているのか、ククルは……まあ、だからこそ。『ガッシャーラ山』に脅威を感じたわけだろうが。
「……つまり。蛇神がいる土地では、アルノアのような呪術を使えると……?」
「その可能性があると思います。アルノアは……短時間で変異して、『ゼルアガ』の影響を外れていました……人体錬金術も併用していましたけど。あのしつこさは……何か土地という空間を触媒にした、古くて安定した呪術機構が要るのだと思います」
「我々が認識できていない謎のファクターがあったと?」
「……はい」
「それは、蛇神の存在であるとは限らないことのはずだが?」
「……直感です。私の故郷は、同じような脅威に1000年も晒されてきました。アルノアは帝国貴族。『古王朝の神々』に縁が深い血ではありません……アルノアが短時間であれほど強大化した理由は、きっと、この土地にもある」
「つまり。アレが『使える』か、この土地では」
「……はい。でも、ソルジェ兄さんが、『古王朝のカルト』の品を処分しました」
「何かを投げ込んでいたのは見えていたが……それか」
「そうだ。物騒なモノだと感じたからな。要らないだろ?」
「……手に余りそうな力だ。『古王朝のカルト』に、古き神々どもの遺産のような呪いどもか……この世界を縛る見えない鎖のひとつに触れたような気持ちだ」
「……邪悪な物語のことは、忘れておくがいい、ドゥーニアよ。使う必要のない力なら捨てるだけで足りるるではないか」
リエルの言葉に、砂漠の戦姫はうなずいた。
「そうする。リスクの一つとして、『帝国軍にまた化け物を使われる』というシナリオがあるということを、頭の片隅に置いておくことにするわ」
「イエス。それぐらいで、ちょうどいいであります」
「……団長。ドゥーニア姫。後の憂いについては把握しました」
ガンダラが催促してくる。オレはうなずくことで納得を与えようとする。
「そうだな。ドゥーニア姫。今は、戦士たちに勝利を告げに行こう。君が勝者であることを内外に示すぞ」
「ああ。そういうのはさ、声の大きいこの私にピッタリな役目だよ」
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