第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その148


 黄金色の竜巻はしばらく敵を焼き続ける。リエルの刻んだ呪文の筆跡は、『ガッシャーラ山』から吹いてくる風を竜巻に呼び込むことを止めなかった。


 『オー・グーマー』の見せた不気味なまでの生命力―――そう言っていいのかどうかも分からないものだが、マジメなオレの正妻エルフさんは、念には念を押すために魔術を使い続けていた。


 ……死体を喰らう化け物だったからな。敵兵どもの死体も、このさい、焼き払うことで、『もしも』を無くしてやろうとしている。正しい判断かもしれないが、すでに火力は十分だ。乾いた大地は黄金の竜巻に焼灼されて、赤熱を帯びて燃え始めている。


 その砂の上にある帝国兵どもの死体も、燃え始めていた。強力極まる煉獄の熱量は、すべての亡者からアルノアと『オー・グーマー』の目論見から切り離してくれている。これ以上は、十分だろう。


 最強の魔術師の一人であるリエル・ハーヴェルといえども、限界を超えつつあるのだからな。芸術的な呪文の筆跡を見ることは誇らしさを心に呼ぶが、あまりにも過大な労働をさせるべきではない。


「……リエル、もう十分だぞ」


「う、うむ……わかった」


 リエルが魔術を使うのを止めてくれた。翡翠色の筆跡が『イルカルラ砂漠』の蒼穹から消え去った。


『『まーじぇ』、おつかれさまー!!』


「……ああ。少しばかり、疲れたぞ」


「オレの背中に抱き着いておけ……暑いか?」


「いい。森のエルフ族は、暑さにも寒さにも強いのだからな」


「……うふふ。リエルさん、かわいいです。ソルジェ兄さんの肩に、ホッペタ置いてます」


「イエス。もちもちでありますなー。のろけているであります」


「の、のろけているのではないからして!?……わ、私を見ている暇があるのなら、地上の様子でも見はっておくべきだ。あれは……何だか得体の知れない力の持ち主だったぞ」


「え、ええ。そうですね……確実なことが言いにくい敵です……死という概念が、ヤツをどこまで定義してくれるのか……」


「リエルの『しつこめの念押し焼き』で、地上が勝手に発熱しているでありますが」


「……私が偏屈な女であるかのような言葉を使うでない」


「イエス。リエルはマジメないい子でありますからなー、おー、よしよし」


「な、なでるないっ」


 ……いちゃつく女子たちの声を聞いていると、心が本当に癒されるよ。竜騎士さんの双眸と、竜の双眸が見張っているから大丈夫だぜ。いちゃつくといいさ。地上には、変化はない。細胞の一欠けらさえ一つたりとも残さない、完全な破壊であった。


 『オー・グーマー』が取り込むための死体は、この場所には残っていない。上空での監視も、高熱を浴びてしまうな……いくら猟兵でも、これほどの高温環境にいつまでもいるべきではない……。


 ……そろそろ、撤退するとしようか―――ちょっとした、挑発を仕掛けて、アルノアと『オー・グーマー』の消滅が成ったのかを、確かめてな。


 アルノアも『オー・グーマー』のことも、信じてはいない。大地を焼く火力は十分に信じているが、潔さとは無縁の生存欲求の持ち主であるからな。それに、コイツを処分するにはいいタイミングだ。


「ん。ソルジェ……?それを、捨てるのか?」


「ああ。『古王朝のカルト』の情報になるかと思っていたが……それ以上に、コイツは残しておくべきシロモノではないことを、悟った」


 『支配者の本』……『イージュ・マカエル』は、これに宿っているんだろう。ヒトの皮ばりの本……大いなる呪術の書ではあり、利用する者に『力』は与えてしまうはずだ。


 だが、しかし。


 『イージュ・マカエル』自身が、自らの破滅を望んでもいた。オレに滅びを与えてくれと……ヤツは、『古王朝』の時代に、今日のアルノアのようなサイアクの破滅を迎えた信者どもでも見てしまったのだろうかな。


 本は話すことはない。


 夢見の力を使うには、まだ日が高すぎる。


 なんであれ。処分しておいてやる。


「竜の作った煉獄の火焔のなかに捨てるのが、最良の末路だろう」


「そうですね。情報源として扱うには、リスクがあります。呪いの力そのものですし……」


「イエス。『古王朝のカルト』の呪術が、軍事的な威力さえも持っていることを、我々は証明してしまったであります」


「……あんな邪悪な呪いの力を、我々が頼ってしまうかもしれないと?」


「ああ。力になる……今後も困難な戦いは続くんだ。邪悪に堕ちれば……人々の団結を失うことになる……」


 『古王朝』が結局、滅んでしまっているという事実を思えば、邪悪な神に頼る可能性は捨て去った方がいい。


 象徴的な行いしてやろう。オレたちは、この邪悪に頼ることはないと。それを示すために、お前の願いを叶えてやるよ、『イージュ・マカエル』。己の滅びを望む、作られた神よ。


「……皆、備えておけ」


「……うむ」


「イエス」


「は、はい」


『おっけーだよ、『どーじぇ』!』


 よく分かっているよ、オレの行動の隠れる戦術の細かなところまで。さてと、投げちまおう。


 オレは『支配者の本』を、黄金の炎が躍る大地目掛けて投げた―――火焔の海のなかに、影は走ったよ。弱々しくも……ヒトの顔に似ていた。アルノアの残滓……残りかすのようなものが、『古王朝のカルト』の気配に惹かれたのか、投げ落とした本に向かう。


 何かが残っているのなら、必ず現れると思ったよ、このエサに釣られるとな。


 だが。本は焼け落ちてしまい……瞬時に灰になった。


『あああ、あああ、あああああ………………――――――――――――』


 残りかすは、灰をつかもうとして指を伸ばしながら、絶望の声を伸ばし、消えた。黄金の光に呑まれて、完璧に滅び去ったよ。もはや滅びる寸前だったのかもしれないが、完全にこれで終わりだ。


「ゼファー!!ドゥーニア姫のもとに、報告に行くぞ!!アルノアと『オー・グーマー』を、完全に消滅させたとな!!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る