第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その147


 全身を覆う鋼よりも硬い漆黒のウロコに、体内に抱えきれなくなったほどの魔力の煌めきを放ちながら、オレのゼファーは『オー・グーマー』に強い視線を向けた。


 牙を剥き、ウロコを逆立たせる。必殺の気合いにあふれているぜ。『オー・グーマー』は無数の腐った瞳でこっちを見上げていたな……オレたち全員の昂る魔力に反応はしているだろうが、その魔力の中心にいるゼファーを最大の脅威だと考えているだろうよ。


 その判断は、まあ正しい。


 だからといって、貴様の運命は変わらんぞ、『オー・グーマー』よ。


「ゼファー!!行くぞッ!!」


『うんッ!!あいつを、みんなでー……やきはらうッッッ!!!』


「リエル、ククル、『風』を集めろ!!キュレネイ、ゼファーに『炎』を注げッ!!」


「うむ!!」


「はい!!」


「イエスであります。たーんと、食べるであります、ゼファー」


 キュレネイが自分の『炎』の魔力をゼファーに注いでくれる。ゼファーの魔力が底上げされていく。『シャープネス』みたいなものさ。ゼファーの『火球』に更なる火力を与えてくれる補助となる。


 ゼファーがその開かれた牙の列の奥に、強大な熱量を生み出していく。ゼファーが最も得意な『炎』……邪悪な不死者を世界から焼き払うには、竜の黄金色の爆炎は他の何よりも相応しいものだろう。


「では、ククル!私に合わせるのだ!!『ガッシャーラ山』から吹いてくる風を、この場所に集める!!ゼファーの火力に、渦と速さを与えてやるのだ!!」


 形のいいオレ好みの長い両腕を晴れ渡った蒼穹の青へと伸ばしながら、リエル・ハーヴェルは宣言した。底力を出そうとしているし、魔力のボリュームよりも、術の構成に貢献しようとしている。


 空に翡翠色の輝きが走る……魔力ほとばしるといういつものパワフルさは無いが、それでも並みの魔術師の魔力の全力を十二分に超えてはいる。こういう限界を超えた瞬間に、森のエルフの王族の血に宿る魔力の才能の壮絶さを思い知らされるな。


 それに。


 今は、空間に描かれる繊細な紋章を構築する呪文の筆跡にもだ。竜の飛び方を知ることで、この『メイガーロフ』の風の流れを支配している。最小の魔力で、最大の威力を編み出すために、自然に踊る風を『風』のレールに適合させているわけさ。


 竜の『マージェ/母親』となった経験を持つ、森のエルフの魔術師にだけ許されたものだよ。他のヤツには、どんな才ある魔術師であったとしても、これほど完璧な『風』の構成を描くことは不可能だろう。


 ゼファーも、ターゲットを睨みつけながらも『マージェ』の描いた最高の呪文の筆跡を感じている。驚嘆が多いほど、人生は豊かなものになるだろうよ、ゼファー。最高の教科書がそばにいてくれるという幸運は得難いものだ。


「……あううっ。スゴイ、リエルさん……さすがですっ。嫉妬しちゃいますっ」


 素直にその感情を吐露できるようになったのは、成長だ。天才であるククル・ストレガは今このときはヤケクソになれた。


「今は、私の魔力の全部っ!!リエルさんに、預けますっ!!いつかは……いつか、同じぐらい優秀な魔術師になるんですからぁああッ!!」


「うむ。その意気やよいぞ!!」


「はい!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!『メルカ』魂だあああああッッッ!!!ごー・ふぁいとおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 ククルの魔力が『風』となり、『メイガーロフ』の空にうねる竜巻の回廊を生み出していった。リエルの効率で、ククルの全霊の魔力を注いだ。最高の魔術が生まれているぜ。


 このコンビネーションに。


 オレたちも参加するぜ、アーレス。


 閉じていた左眼を開く。消失させてまで回復をはかっていた魔眼が、オレの魔力を喰らって復活する。大技連発で、もうすっかりと魔力が切れそうなんだが。最後の踏ん張りどころだ。


 腐りながら復元していく歪んだ怪物を―――『オー・グーマー』をにらみつける。黄金色の呪印を、こちらに向けられたヤツの頭に刻み付けてやった。そこが効果的なのか?……いいや。そうじゃない。最短距離を選んだだけだよ。


 最も威力の強い一撃を叩き込むためだけのコースさ。頼るのは、敵に与える効率ではない。オレたち全員が組み上げた威力ということさ。大陸最強の『パンジャール猟兵団』らしい奥義だからな。


 力だ。


 力を行使するのみである。


 悪神だか『古王朝のカルト』だろうが人体錬金術だろうが、何だっていいが、どいつもこいつも、この一撃で吹き飛ばしてやるよ。


 殺気が高まり、『オー・グーマー』は反応した。大蛇にも似た邪悪な姿を、縮めて……飛び掛かるための力をため込む。


『ヴボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』


 無数の朽ちかけの牛の頭骨どもが、怒りと攻撃の歌を放ち。醜く巨大な体を躍動させる。


 それと同時に。


 オレたちも歌うんだよ。


「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」


『GHAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッッッ!!!!』


 竜の歌が『メイガーロフ』の蒼穹を揺さぶって、黄金色の灼熱が世界を撃ち抜いた!!


 自然と魔力が組み合わさった翡翠の『風』は、この小金の火球に螺旋と加速を与える!!


 金色の呪印に導かれ、螺旋する灼熱は更なる神速を獲得した!!


 竜とヒトの魔力と技巧と心を重ねた、地上最強の合体魔術、『ドラグーン・ザッパー』!!


 飛び掛かろうとしていた『オー・グーマー』の頭を穿ち、そのまま全身を焼き払いながら蹴散らしていき、『オー・グーマー』を撃ち貫きながら『火球』は、大地を破裂させ―――黄金色に暴れる破壊の灼熱へと変化した。


 破壊を免れた、『オー・グーマー』の骨だろうが、うごめく細胞であろうが。この煉獄の劫火の竜巻から逃れられるはずもない!!細胞の一片さえも逃すことなく、黄金色の破壊は与えられた!!


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンッッッッ!!!!


 空と大地を揺さぶりながら、荒々しく輝く爆音の歌となり、広大な『イルカルラ砂漠』にこの戦いの最終的な勝利の告知は広がっていったよ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る