第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その146
戦術は選んだ。『オー・グーマー』に時間を与えることになる。それは間違いなくリスクではあるが、こちらの必殺の一撃を叩き込めれば決着はつく。
砂漠のなかを『オー・グーマー』の得体の知れない醜い体が這いずって、新鮮な死体を求めているようだ。あるいは、もっと別の感情もあるのかもしれない。
『きしヨオオオオオオ!!私ニつかえる騎士たちヨオオオオオオッ!!守ってクレエエエエエ!!私は……オマエタチノ……なんだっけなあああっ!?うぐ、うげろおおおおおおおおおッッッ!!!』
『オー・グーマー』が牛の頭骨を何体も吐き出していく。いや、何十もか。砂漠の熱さをものともせずに、その醜い骨は湯気を放つ。熱いのだろうか?それとも、分解して蒸発しているだけか。
特異的な行いを実現させていたのは、『侵略神/ゼルアガ』の権能と、『古王朝のカルト』と謎の祭祀によって編まれた呪術。それらを結びつけ変異を促進だか制御していた『賢者の石』による人体錬金術……。
複合的な要素であり、だからこそオレの知識量と見識を上回り、ガントリーが教えてくれた『呪い追い』でさえも捕捉することが叶わなかった。だが、それももはや破綻した。
『たすけてクレエエエエエえええええ!!騎士ヨオオオオオオおおおお!!』
みじめな泣き声を放ちながらも、『オー・グーマー』は騎士どもの死者が待つ赤い霊園にたどり着いた。
『ひひひひひひ!!たくさんいるじゃあないかあっ!!忠実なる騎士たちよおお!!はははは!わたしはこのトチノオウニナルンダアアアアアア!!』
「……ふん。下らぬ妄想だ」
エルフの弓姫の言葉は矢に乗って放たれる。『オー・グーマー』が始めようとしている狂気の『食事』に、気高さは怒りを覚えるものだからな。矢は牛の頭骨の一つを穿って砕いた。
一瞬、『オー・グーマー』の動きが遅くなるが、食事を止めさせることはできない。ヤツはもう騎士を喰らうことしか考えてはいないからだ。
本能だろうよ。失われていく己の肉、そいつを他者の死肉で補うために、『オー・グーマー』は、赤いヨダレが垂れ落ちる腐敗臭の息を吐きだす口元で、『新生イルカルラ血盟団』との最終決戦に挑み、敗北した騎士どもに噛みついた。
『ぎゅふうううううっ!!……オイシイイイ!!おいしい……!?私の騎士ヲクッテイルノカアアアアッッッ!!?』
アルノアの理性が時おり、闇の底から浮上してしまうようだ。それは、激しい苦痛になるかもしれないな。
自分に仕える騎士に対して、寛大でもなければ、奉げるべきリスペクトも足りぬ男ではあったのは確かだが―――自分の騎士を喰らうという末路は、あまりにも不憫かもしれん。『悪意の枝』で血と魔力を啜るよりも、その行いはあまりにも生々しいものだからな。
ぐしゃり!ぐしゃり!!
死者を牛の口が喰らっていく。太く強い歯を用いて、すりつぶすようにして血の染みた地面から殺されて間もない騎士の肉を、鎧の鋼ごと喰らうのだ。
「おぞましいっ!!」
エルフの王族は気高い怒りを込めて、矢を放つ。血涙を流し、血の色をした煙を体から放つ悪しき牛の頭骨を撃ち抜いたが、暴挙は止まらない。
ぐしゃありい!!ぐぎぎぎいいいいりりり!!
鎧の鋼は歪みながら千切られて、死せる主ごと暴力的に引き裂かれていく。それを、牛は呑み込み、歯を動かす。口いっぱいにあふれ返った血を吐き出しながらな。
ヤツの口の中の容量を超過したからでもあるだろうし。アルノアの意思は、ヒト喰いの罪深さに吐き気を催すのだろうさ。
『ぐううううう……ヤメテクレエエエ、『オー・グーマー』さまああっ!!ワタシニコレヲタベサセナイデクレエエエ!!ああ、美味しいンダアアアっ。だめだあ、そんなことを考えさせないくれ、慈悲をおお……慈悲は……うまあああいいいいッッッ!!!』
次から次に、騎士どもの死体に『オー・グーマー』は貪りついていく。
美味いと叫び、ヤメロと叫び。
固まりかけた血と肉を咀嚼し、砂漠の熱で融けたヒトの脂を吐き散らしている。地獄みたいな光景だな。見た目も、内情も……これほどヒドイ末路は、無いものだぜ、アルノアよ。
心の底から帝国人が大嫌いなオレでさえも、眉間のしわを深めたまま、笑うことさえも選べない。嘲笑するには、あまりにも残酷が過ぎる時間を、アルノアとアルノアに仕えてみせた騎士どもは過ごしていた。
「……う。は、吐いちゃいそうっ」
「ククル。吐くのも手であります。指を突っ込めば、十秒で完了するでありますな」
「……い、いえ。吐きませんよ。体力も魔力もムダにしますから。私、ちょっとでも魔力をこの攻撃に奉げますから……っ」
きっと青い顔をしながら、ククルはそう宣言してくれているのさ。『コルン』としての魔力を昂らせる……『風』を練り上げているな。疲れすぎているリエルのサポートをしてくれるつもりだ。
吐き気を催している状況でもない。『オー・グーマー』はあの残酷な食事で、己の欠損を補いつつあるのだからな。いや、破綻は継続してはいるんだが。壊れて崩れていきながらも、同時に復元するという荒業を行っているな。
復元の方が上回るから、徐々にヤツはその大きさを増していく……『悪意の枝』も完全に消え去り、己の修復にのみ全てを注いでいる。死にたくないという本能は感じるが、もはやそれ以外には何もないのかもしれない。
……害悪そのものだ。
血に奔る魔力を高めながら、『オー・グーマー』の貪欲な暴虐を見つめる。アルノアの悲鳴は、消えていたよ。心が悲惨な現実に耐えきれなくなって壊れて四散したのか、それとも本当に発狂したのか。
どちらにせよ。ある意味では、ヤツにとっては救いになったはずだ。
『ヴボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』
死肉を喰らいながら、『オー・グーマー』は雄叫びに震えた。肉の落ちていくドロドロの体から、牛の頭骨を突き出して、その眼球があったりなかったりする部位を使い、こちらを睨みつけている。
「……遅まきながら、気づきやがったようだな」
「うむ。我々の魔力の高まりに、ようやくヤツは悟った」
「イエス。でも、遅いであります」
「……はい。魔力、現時点の最大まで集めてます!」
『……みんなのちからを、ひとつにあつめて……あの『まちがったやつ』を、やきはらおうッ!!』
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