第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その145
「逃げます!?」
「ならば、攻撃であります」
『風』を放ち、キュレネイが『オー・グーマー』の伸び上がった体を打ちすえる。うごめくヘビのようなものが、飛び散っていく。
かなりの威力がある一撃ではあったのだが、『オー・グーマー』の体は流動性が強すぎるのか。枝垂れた樹木のように風を受け流しやがった。重心っていう概念が無いようだということが分かる。
……仕留めるにはコツがいるかもしれんな。
「……逃したであります」
「だ、大丈夫です。あいつは、もう自己崩壊が進んでいる……現に、どんどん崩れています。それに、この腐敗臭……肉体が急速に朽ち果てています。呪術で死体を操るとき、その肉体の分解と腐敗が加速することは、錬金術では知られていて……このままなら滅びるはず」
「なるほど。しかし、死んで間もない新しい死体は、あそこに死ぬほど転がっているであります」
「えええ!?そ、そーですよ、アルノアの騎兵っ!!彼らの死体が……まだ戦場にはっ!!」
『オー・グーマー』は北に逃げている。巨大なヘビのように地上を這いずりながら、その崩壊していく肉の巨大なカタマリは、アルノアの騎士どもの亡骸を求めているのか!!
「いかんな!!ゼファーッッ!!」
『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
ゼファーが北上を目指す『オー・グーマー』に火球を叩き込む。腐肉のカタマリはその不気味な行進を一時的に止めるが……すぐに燃えながらでも、進み始める……。
オレたちはすでに追いかけているよ。『オー・グーマー』目指してだ。
だが。当然だが、ゼファーを頼った方が早い!!ヤツは馬のように速いからな。いくらオレたちでも、馬の速さでは走れん。
「リエル!!ゼファー!!」
「うむ!!合流するぞ!!」
リエルが矢を『オー・グーマー』に撃ち込みながら、そう叫んでくれる。ゼファーは翼を持ち上げるようにして減速と下降を始める。
『ちゃーくちっ!!』
ズザアアアア!!と砂を蹴爪で鳴らしながら、ゼファーは大地とつながった。ゼファーは金色の大きな瞳をぱちくりとさせながら、鼻息をプシューと鳴らした。
『さあ、『どーじぇ』、きゅれねい、くくる!のって!!』
「おう!」
「イエス」
「はい!!」
素早くゼファーの背中に乗るのさ。先頭はオレ、背中にリエル、キュレネイ、ククルが続いた。ゼファーは蹴爪で大地を蹴り込んで、空へと向かう。
加速した仔竜の体が飛翔する。羽ばたきで空を叩きつけて、緊急的な加速を得る。
「……それで。ソルジェよ、アレはアルノアの成れの果てなのか?」
「そうだ。呪術の暴走の結果だな……」
「うむ。どうすれば……死ぬのだ?」
「……ククル」
「は、はい。魔術で攻撃すべきですが……急所というものは見つけられません」
「団長。魔眼でヤツの弱点は見つからないでありますか?」
「……正直、魔力を使い過ぎていてな……魔眼の力も尽きかけている」
「そ、そうですよね。長期戦過ぎて、私たちの力も……」
『ぼく、まだいけるっ!!』
「……ああ。オレもだ……リエル」
「……うむ。少しばかりなら、魔力も回復している」
『アクアオーラ』を使わせているからな。
強大な魔力の保有者であるリエルでも、もはや魔力は限界ではある……短時間の休息でいくらか魔力は回復してきているだろうが……。
「……今この場にいるのは、高位の魔術師ばかりだ。魔力を合わせて……『ドラグーン・ザッパー』を仕掛けるぞ」
「……そうだな。合体魔術。ヤツを焼き尽くすためには、ゼファーの火力に我々の魔力を重ねるしかあるまい……」
「イエス。火葬にしてやるであります」
「タイミングは……すぐにですか?」
「いや……それでは、足りんだろうな。だから、魔力を高めろ。オレも、魔眼をオフにしている」
「妨害は、射撃で行えばいい……というか、私に任せるがいい」
リエルは矢を放つ。燃えていた『オー・グーマー』は、その身を砂にこすりつけたことで、身を焼く火炎から解放されている。
焼け落ちて、腐り落ちた肉―――それゆえに、ところどころに牛の頭骨がある。そこに目掛けて矢を放つ。
パキイイインンッ!!
骨が割られる音が響いた。ダメージにはなるはずで、『オー・グーマー』も甲高い悲鳴をこぼしてはいるが……それでも、移動速度を少しばかり遅くなるばかりか。このままでは、遅かれ早かれ死体の群れにたどり着く……。
「チャンスは一瞬だ。正直、ヤツが死体の群れにたどり着くまでには、こちらの魔力を完全には高められんだろう……」
「少しばかり、ヤツに新たな肉体を補充する機会を与えてしまうということですね」
「そうだ。それゆえに、一撃で仕留める……これを最後の攻撃にするぞ。どこまで巨大化できるのかは分からんが、時間を与えすぎると追いつけなくなるかもしれん……ヤツの細胞一つ残さずに、全てを焼き尽くしてやるぞ!!」
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