第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その138
異形と化したアルノアは、妙な高揚と自信に満ちているようだ。化け物と成り果てたことが、それほど嬉しいのか。『不死』を与えてもらっているような自覚がある?……だとすれば、滑稽なことだ。
牙を剥くよ。ストラウスの剣鬼らしく、獲物を狩り殺すときに相応しい悪人みたいな顔さ。
殺気も殺意も隠さん。正面から行くぞ、アルノア。殺気を向けられてアルノアはピクリと表情を動かす。強気に変質したとしても、しょせんは元々が凡庸な性格だ。猟兵に睨まれて余裕を保てるほどの豪気さには欠如している。
アルノアの異形が動き、吠えた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
その太く肥大化した筋肉が躍動して、一回り大きな充実を得たようだった。馬鹿みたいに強い魔力もその身から放射している。威圧するような、膨大であふれ返っただけの魔力だ。そんなものを放ちつつ、アルノアは巨大化した腕を振るう!
グシャアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!
地面を穿っていたよ。拳一つが、深々と地面に突き立てられているし、わずかばかり大地を揺らしたか。アルノアは興奮したように叫び、さらに二、三度、地面を殴り続けた。
……大猿のような真似をする。
自分の中にある強大な力を証明する方法が、あまりにも野蛮なものであったな。大地を震わすほどの力を理解して、アルノアは自信を取り戻す。余裕ありげに化粧で紅く塗られた唇を歪めるのさ。
『……私は、大いなる力と共に在る』
「らしいな」
『……虚勢を張るか』
「そう見えるのなら、そう解釈していてくれ。過小評価してくれるのならば、こちらも仕事がしやすいものだよ」
『傭兵が……貴様らは、いつも私に完璧な敬意を払うことはない。しょせんは、戦場でのみしか生きられぬ、獣の類に過ぎんか』
「くくく!……かもしれんなぁ」
『……下等な獣は、この世から消え去るべきだ。我々、帝国の指導者層が作る世界に、お前たちなどのような獣は、不必要な存在だ』
左腕を高く構えて、右腕を低く構える。左足を前に、右足は後ろ……防御と迎撃の構え。悪くはない。『古王朝』の力ではないんだろう。帝国式の体術の構えだからな。
何であれ。
こちらから行くぞ。
せっかく、誘ってくれているのだからな。
膝の力を抜いて、しゃがみ込みながらも加速する―――『虎』の動きだ。低く沈んだあとに飛び掛かるように走り、オレは竜太刀の横なぎを放つ。
アルノアは反応した。だが、遅い。こちらの斬撃を受け止めようと動いた巨大な左腕は、漆黒を帯びた斬撃によって斬り捨てられる!!
ザギュシュウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!
『な、なにっ!?』
「―――よそ見してんなよ」
『……っ!?』
攻撃というものは、積み重ねるものだ。『ストラウスの嵐』。こいつは、四連続の剣舞だぞ。鋼が躍る。アルノアは……見失っていた。斬撃はヤツの鋼と同じほどには硬い皮膚を裂きながら、その肉の奥にある骨にさえ切断の破壊を加えたよ。
『ぐ、ぐうううううっ!?』
化け物が揺らぎ、片膝を突こうとする……オレは当然、容赦はしない。首を刈り取るために、アルノアの首目掛けて斬撃を放つ。決められるのであれば、こいつで終わりにしても良かったんだがな。
ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!
本能的な反射を見せたアルノアは、右腕でこの断頭の一撃を受け止めてみせた。舌打ちしながらも、技巧を使う。両手持ちにしながら、体重をかけて押しつぶしにかかるのさ。
『か、神々の祝福を受けた、私に、力勝負っ!?』
無謀?……そうかもしれないな。オレには地面を揺さぶるほどの威力を持った拳を連打することなんて出来やしない。筋力の差は、何倍か……十数倍はあるかもしれないな。だからこそ、技巧は大切だ。
力勝負には見えるが、こちらは貴様の力を受け流しつつも、構えの持つ弱点を揺さぶるように馬鹿力をかけてやっているのさ。
それに、お前は重心を自ら崩してしまっていたな。片腕を斬られたとき、自ら後ろに引いた。
その一歩のせいで崩れた姿勢に、オレは反射してつけ込み、全力と体重を奉げている。お前が足運びの大切さを思い出すよりも先に、オレはすり足で遅いが確実に前傾を作った。
技巧の使い方では、絶対の力をも越える。
竜騎士の剣を知るがいい。
回転し、劣勢に耐えようとするアルノアを弄ぶ。ヤツは急に消えた力比べの相手の残影に向かって前のめりに崩れる。
反射的に大地に倒れ込むことを避けようと、身を反らす―――背筋に力を入れてしまい、腹筋の力を反射的に緩めた。お前の体が、どんな『材質』に変異していたとしても、筋肉と骨格と姿勢がもつ合理的な挙動からは逃れられん。
最初の一撃で、分かっている。
貴様は鋼のように硬くはあるだろうが……しょせんは、その程度に過ぎん。圧倒的な速さで研いだ鋭い一撃でなら斬れるんだよ。
もしくは、今のように力を抜いた腹であれば、このように深々と斬撃は貴様の腹を裂き、その奥にある背骨の構造さえも打突する!!
『はがあああッッッ!!?』
……背骨まで断てればよかったが、そこまではならんか。だが、オレは攻撃を続ける。重ねることが攻撃だ。足運びを使い、駆け抜けるようにして離れる。離れながら、竜太刀の刃を走らせてヤツの肉を削ぎ切った。
血潮が爆ぜる。
憎しみに歪む瞳が、オレを追いかける……それでいい。攻撃は重ねるものだ。オレとだけ戦っているわけではないだろう、アルノア?戦場で、一対一などという特異な状況を期待するのは愚かしい。
「でやあああああああああああああああああッッッ!!!」
ククル・ストレガの左利きの斬撃が、ヤツの右腹を目掛けて放たれる!!走りながらの斬撃で、パワー勝負を避ける。深さは要らない。ただ、連続して攻撃を重ねてやればいい。
ククルが重ねてくれたから。キュレネイ・ザトーも重ねられる。キュレネイは腹をズタズタにされているアルノアの前に躍り出た。『早さ』が売りのキュレネイ・ザトーが遅れた?……そうじゃない。『早い』からこそ、遅れても先手が取れる。
アルノアは、左腕を使ってキュレネイを攻撃しようとしたが……その瞬間に、後の先を取られた。攻撃の頭を破壊するタイミングで、キュレネイの『戦鎌』による斬撃が放たれる!!
キュレネイが狙ったのは……オレが打突までは入れることに成功して、亀裂は入れていたであろうアルノアの背骨であった。『戦鎌』の先端が、オレの一撃が粉砕し損なっていたアルノアの背骨に突き立てられた。
アルノアの動きが破綻する。鋭く重たく、さらには速くて『早い』、キュレネイ・ザトーの圧倒的な威力が、背骨に衝突したんだぞ?動けるはずがない。たとえ、ヒトの限界の十数倍の力を持っていようが、どうにもならん。
ガギュウウウウウウウウウウウウウウウイイイイイイインンンッッッ!!!
金属音を響かせながら、『戦鎌』がアルノアの胴体を貫いていた。
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