第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その139


『……ッッッ!!?』


 アルノアは言葉を放つことはしなかった。疑問があるのかもしれない。鋼のような巨体に膨れ上がったはずなのに、十数手も戦うことが出来ていないからな。


 この男は、あくまでも平凡ではあるが、別に弱くも無能でもない。鍛錬はしているし、武術の歴も長さがある。達人ではないだけで、古強者と言える実力は持っていた。そんなヤツが『古王朝』の『神々』の加護を受けた……十分に強いはずだった。


 その認識は間違いではない。


 事実。こいつは胴体を『戦鎌』に打ちぬかれて、大量の血潮をまき散らしながらも即死するそぶりがない。デカい動脈をいくつ破壊していると思っているんだ?ヒトならば、とっくに意識を失い、大地に沈んでいるはずだが。恐ろしいまでの生命力を発揮して、立ち続けている。


 これだけ壊してやって、ふらついている程度だ。ヒトの範疇など、はるかに超越した生命力だ。『ゼルアガ/侵略神』と同じか、場合によればそれ以上の生命力を持っているのかもしれん。圧倒してはいるが、この化け物は確かに強くはある。


 剣術で勝っているが、そいつが決め手にもならんのだからな。感心するに足る化け物ではあるよ。


 しかし。それでもなお、アルノアは自信を喪失しているらしい。ふらつきながら、彼は化粧が施された醜い顔面に苦悩の歪みを帯びさせていた。


『……バカなッ!?……バカなああッ!!私は、今の私が、こうまで容易く、壊されるはずがないッッッ!!!『鋼のオー・グーマー』の加護を、受けているんだぞおおおッッッ!!?』


 『イージュ・マカエル』に似てはいるが、違う神か?……『鋼』を関する神。争いの神々の一人ってところか。さまざまな神がいたという『古王朝』だが、似た神もいる?……それとも、祭祀の方法は同じようなものなのか。牛と化粧を愛した、古代の邪教ども……。


『……多くの命を奉げたのだ。この肉体が、こうも容易く傷つくはずが、ないッ。間違いだ、こんなのは、間違いだあッッッ!!!』


 ……『オー・グーマー』がどんな力を持っている神なのかには見識がないのだが。たしかに、こいつは硬かった。


 並みの剣士に斬られても肌は傷つかないはずだった。剣でなくても、並みの矢は弾き、並みの槍に穿たれることもなかっただろうよ。戦場に現れれば、無双の力で軍勢を薙ぎ払って大暴れしたかもしれない。それぐらい、理不尽な強度はあるさ。


 だが。


 相手が悪かったな。オレたちは『パンジャール猟兵団』だ。最強の戦士が、三人もいる。しかも、斬ることに長けた者たちばかりがな。


 達人の斬撃ってものはだ……並みの者では斬れるはずもないものさえも斬る。鎧ごと敵の身を切断することもあるものだ。それにな、アルノアよ。お前はまだ『ヒトの戦い方』をしているんだ。


 呼吸や動作によってどれほど筋肉が強くなり、ときに弱くなるか。そいつをオレたちは知っている。ガルフ・コルテスの直接の弟子であったオレとキュレネイは当然だし、ククルもまた解剖学と医学の知識はオレたちを超える。


 理解しているさ。呼吸と動作、そして意志により……どれぐらい、ヒトや獣や魔物の肉の強度が増減するかをな。そこを、狙っている……さらに言わせてもらえば。


 まだまだ、連携の最中にあるんだぞ。


 竜太刀でヤツの背中を斬りつけながら、ヤツの目の前に躍り出る。目立つ。気を引く。怒りに目玉は動いたが、次の瞬間にはオレの動きを再現するようにククルもアルノアの背中を斬りながらヤツの目の前に姿を現した。


 さらにはキュレネイの『戦鎌』による、鎌の先端を引っかけてから、掻っ捌くような攻撃も入った。キュレネイは腎臓を狙っていたな。当たってはいるはずだが、それでも即死することはない。


 三人で、アルノアを取り囲む。攻撃は十分だ。しばらく、出血を待って弱らせてもいいし……バレたくはないが、この化け物の体を斬ることには、少しばかり体力に負担を強いることでもあるからな。過剰な攻撃による攻め疲れは、得策ではない。


 ……そもそもが。


 急所攻撃を連続しているのに、死なないんだからな。こちらも何か攻略のアイデアを探したいところだ。出血がドバドバと続いているあいだは、この休息はオレたちにとってのみ有利な状況だからな。


 考えるために使うには、悪くはない―――攻撃して来てくれれば、反撃の連携で刻むんだが、アルノアは消極的だった。


『……ぐうう……ッ』


 呻きながらも、卑屈な顔になる。力を得たという確信を持ちながらも、現実はヤツに惨めな敗北の味を教えようとしているからな。死んではいない。だが、勝つ見込みはヤツにはない。


 今、オレたちには余裕がある。


 油断とは言い難いほどのアドバンテージがあるがゆえに、少しばかり好奇心と戦略的な欲求が心の中で大きくなる。


『古王朝のカルト』、そいつの情報収集を試みたい……そう考えている。


「アルノアよ……『古王朝のカルト』の力に、それほど心酔していたか?……自分の運命を奉げるほどに?」


『……っ』


「お前と皇太子はどこでその力に触れた?」


 率直な問いに過ぎないが、アルノアは過剰なまでの反応を示す。


『……貴様も、力を求めるかッ!?』


 威嚇するような形相で、こちらの詮索に答える気が欠片もないと拒絶したな。それほどの秘密なのか?……ヤツらが『古王朝のカルト』の神秘に触れたタイミングは。あるいは、独占したくてしょうがないと考えているのだろうか?


 宝物を守ろうと長い腕で抱きしめている悪魔みたいな面をしていたよ、アルノアは。


「くくく!……心外だな。オレは化け物に借りる力なんぞに興味はない」


『『イージュ・マカエル』の名を知っている貴様を、信じられるか……私から、奪うつもりだな……』


「ほう。この呪術はシンプルだ。組み上げられた力は大したものだが……『お前から、簡単に奪うことも可能なのか』?」


 口は災いを呼ぶこともあるな。とくに、性格の良くない猟兵さんの前で、不用意な言葉を口にするべきではない。


 沈黙するよ、アルノアは。オレはアルノアの異形の貌をじっと観察しつづけながら、賢いアタマを頼るのさ。


「ククル。可能性はあるか?」


「……はい。あると思います。この呪術の『起点』は、それほど難しいものではありません。一定の『鍵』となる条件を把握しておけば、無効化することも、力の流れを変えることさえ可能なのかもしれません。ただし、ソルジェ兄さん」


「分かっている。把握は難しいだろうな。戦闘中だ……だが、今後のためにも情報は得ておくぞ」


「はい!」


「イエス。帝国軍が、この力を多用するようであれば、なかなかの脅威であります」


 ……ゾッとしちまう状況だな。帝国軍が、アルノアのような化け物になることまで、戦略的にやって来る?……そうなってしまえば、『自由同盟』の不利は強まる。


『……渡さんさ……誰にも』


 独占欲を深める貌をしながら―――アルノアの顔面が、崩れた。


 ぐしゃああああ……っ。


 ゆっくりと破滅的な音を伸ばしながら、アルノアの頭が裂ける。額が裂けていたが、その奥に……オレは目玉の輝きを見つける。ククルが、吐き気を催すような動きをしていた。


「……な、なに、あれ……っ!?」


「変異が強まっているようでありますな。グロイであります」


「……ああ。アルノアよ。お前は、まだその力に頼ろうというのか?『コイン』は消滅したぞ?この呪いは、暴走に近い状態にある。あまり、頼らん方が、お前のヒトとしての尊厳を失わせないでいられるはずだぞ」


 助言してやっている。アルノアには同情すべき理由はないが。頭が裂けて、そこから更なる化け物が生まれようとしている現状は、不憫すぎるじゃないか。


『……『古王朝』の力は……素晴らしいものだ。私も皇太子殿下も、それを目の当たりにし続けた。そして、今なお私の身に起こり続けている『奇跡』に……頼って何が悪いかあああああああああああああああああああッッッ!!!』




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る