第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その137
そうだ、『呪い追い』は消える。『ゼルアガ/侵略神』の権能の一部は、さっきの呪いを作り上げるために重要な役目を果たしていたようだ。
「呪いが消えたぞ」
「イエス。あのおかしなコインは消えてしまったでありますな」
「残存しているのは金属の残滓のも……『ゼルアガ/侵略神』は滅びた?……あれが、本体ではないのかもしれませんが」
「何であれ、『ゼルアガ/侵略神』そのものは失せた。あとは、アルノアにどんな影響が現れるかを見に行くか―――」
―――その前に。行動すべきことがあるが、『パンジャール猟兵団』の『番犬』は動いてくれたよ。『戦鎌』を構えながら、『ターゲット』を無表情な美少女顔で見つめたまま聞いてくる。
「団長。この『祭壇』も、とりあえず壊しておくでありますか」
「ああ。やっておけ。本命の呪術ではなかったとしても、この『絞め殺しの木』を使って『悪意の枝』に犠牲者たちの血と魔力を送る効果ぐらいは持っていただろうからな」
「イエス。破壊、であります」
ギャシュイイイイイイイイイイイイイインンッッッ!!!
キュレネイ・ザトーの『戦鎌』が化粧された牛の頭骨と、それに付属する怪奇植物をぶっ壊してくれた。
「なんとなく、スッキリしましたね!」
「イエス。不気味なインテリアを破壊してやったであります」
不気味なインテリア?……なかなか面白い感性をしているな、うちのキュレネイは。ニヤリと笑う。だが、その緊張緩和も一瞬だ。表情に集中を戻すと、竜太刀を構えて歩き始める。あの少女の遺体を含めて、弔いは後回しだ。
今すべきことは、アルノアがどうなるかを確かめることだったよ。これで終わってくれるなんてことは、思っちゃいない……竜太刀を振り抜き、テントの一部を斬り開いた。そこから出ていくのさ。近道だし、ここからなら敵に予測されることもないからな。
外に出ると、世界は未だに異常さを喪失してはいなかった。
『悪意の枝』の群れが見える。だが、そいつらも完全な健康状態にあるわけではないらしい。枯れかけた日照りにあえぐ作物のそれと同じように、色あせつつも先端を地に向けて垂らしていた。
「……コインを排除しても、完全には変異が消えていない……この呪術は、完全に『ゼルアガ/侵略神』の権能だけに依存しているわけではないようですね」
「イエス。こちらの世界原産の呪術も、かなり構成に関わっているであります。それゆえに、アルノアはマトモな死に方をすることも出来ないでありますな」
「……だろうな」
アルノアがいた。自分の身に起きた異変を、悟っているのか……うなだれていた。そして胸元を押さえてもいるな。呪いは、あそこに接続していたのだろうよ。アルノアは苦痛を感じているのか、それとも自分の目論見が破綻したことへの苦悩なだけか、顔を歪めていた。
歪んだ男の化粧を施された顔が、こっちをにらみつけて来やがる。
『……貴様っ。竜騎士ぃ……ッ』
「……オレたちに襲撃させたかったんだろ?退治されるフリでもしたかったか?死体に化けて逃げるつもりだったのか?」
疑問をぶつけてみる。観察するための時間に使うためでもある。ヤツのことをオレたちは追い詰めてしまっているからな。呪いが消失して弱体化してくれるだけなら、楽になるが。『ゼルアガ/侵略神』の権能も『古王朝のカルト』の祭祀も、過小評価は出来ん。
戦場で追い詰められた男の行動なんてものは、およそ二つ。
あきらめるか。
あるいは……全霊全力を奉げて、報復のための暴力となるかだ。
どちらを選んだとしても、全くもってありふれたハナシである。戦うことになるのなら、情報収集のための時間は多い方が良かった。
アルノアは、沈黙を続けながらも、ときおりカマキリみたいに首を横にぐるりと回す。竜太刀で断ち切ったはずの首は、違和感なく機能しているな……繊維化した魔力が、ヤツの体を保護している。もはや、ヒトの範疇にアルノアはいない。
「……斬りまくって、ぶっ壊すのが一番か」
そんな予測を再確認するために、小さく口にした矢先。アルノアは行動を選んでいた。
『ははは……ハハハハハハハハハッッッ!!!見破ったかね?……私の演技を?』
「まあな。『パンジャール猟兵団』を舐めるなと言っておこう」
『……亜人種どもを率いた、亜人種びいきのガルーナ人か……まったく、忌々しいことだ。私は……私を、ここまで追い詰めるとはな』
「どうする?」
『……決まっているさ。私は、帝国貴族である。気高い存在だ。そして、何よりも……貴様とドゥーニアは、許しがたい邪悪だ』
「邪悪ね」
「笑えるでありますな。自分の顔を鏡で見てみるといいであります。お前は、もう化け物でありますぞ」
「そうですね。逆流して来た呪いに、身を委ねようとしています。変異を自分に取り込もうとしている……」
アルノアの化粧を施された半裸の肉体は、今では醜く太い脈管が表皮に走っている。『悪意の枝』に似た気配が、アルノアの肉体へと集約していく。
ボゴリ!……泡立ちの音が聞こえて、アルノアの皮膚が大きくゆがむ。いいや、表面だけではなく、肉も骨格もその音を上げながら歪んでいたのだ。アルノアは形を変えていく。ククルの言葉の通りだった。『変異を自分に取り込もうとしている』。
『……人間族をやめることは、帝国貴族として大きな屈辱でもあるがね。いい風に考えようじゃないか?……『古王朝』の祭祀という、人類最古の伝統を持つ呪術の体現者となるのだからね……』
「皇太子に媚びるために、女神イースを捨てたか」
『いいや。イースさまは捨ててはいない。『古王朝』は、多くの神々を信仰することを許容していた。私は、イースさまに加えて、新たな神を招いただけのことだ』
「お前の部下たちは、それを認めてはいなかったようだがな」
『……理解できないだろう。この神秘の力を、自身で体験しているかいないかは、大きな違いだよ』
「……たしかにな」
ボゴボゴと泡立ちながら、アルノアの姿はすっかりと巨大化して歪み果てていた。その頭部には、曲がった角が生えてしまっていたよ。化粧をしたその顔が、ますます『イージュ・マカエル』に似てきている……。
『……竜騎士よ。今から、『古王朝』の祭祀の力を、貴様に教えてやろう』
「ああ。来るがいい。化け物よ。それぐらいは相手してやるぜ……ガルーナの魔王になる男としてな」
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