第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その136


 ……二つの感覚を同時に追いかける。目の前に怪しげな儀式の痕跡が転がる場所をにらみつけつつ、ゼファーの感覚とも自分の心を接続するのさ。


 ゼファーは次から次に襲いかかって来る『悪意の枝』を回避しながらも、リエルのために飛び込む場所を作ろうとしているな。空を踊ることで、攻撃を誘っている。ゼファー、オレがいなくても最高の軌跡を描いてくれるなんてな。


 ルルーシロアとの戦いの経験が、確実に生きている。『悪意の枝』という空に伸びて飛び掛かって来る敵を、竜同士の空中戦における間合いの取り方であしらっていたよ。


 『ドージェ』として、竜騎士として、短期間でこれほど成長を見せる仔竜を見れば、どうしたって心が躍るというものだ。


 翼を巧みに操るゼファーの背の上にいるリエルは、『ポゼッション・アクアオーラ』を放つための魔力を高めている。魔力の消耗が激しい術ではあるし、それなりに高度な構成をした術だ。魔力を組み上げるには時間が少なからずかかる……。


「ソルジェ兄さん」


「……ああ。リエルが詠唱に入っている。この怪しげな空間に、彼女の『ポゼッション・アクアオーラ』が変化をもたらさないか、観察するぞ」


「イエス。『ゼルアガ/侵略神』の影響があれば、そいつが世界に無理やり引きずり出されるであります」


「『ゼルアガ』……っ」


「腕が鳴るな」


「イエス。神殺しをして、ボーナスゲットであります」


「……ふ、二人とも、さすがですね!」


「勝てるさ。異界から来た神であろうが、ヒトの呪術が組み上げた人工の神であろうが、オレたちは勝利して来た」


「……はい。信じます。戦場では、そう在るべきなんですよね!ソルジェ兄さん!」


「そうだ。備えておけ。五感を使い、魔力を探れ……本能に頼るように構えろ。難しければ、牙を剥いて、笑え。それでお前ならば反応できる」


「は、はい!」


 ストラウス系スマイルで、ニッコリさ。何だっていい。集中を作るためにはな、何でもいいから条件を付けて、そいつを実行すればいい。獣に化けたストラウスの戦士たちと、『パンジャール猟兵団』で最高の対応力をキュレネイ・ザトーは、異変を嗅ぎ取るために集中する。


 ……『呪い追い』の赤い糸は化粧された牛の頭骨に伸びているが……もはや、オレはそれを信じてはいない。オレの『呪い追い』は、フェイクに引っかかっているように思えるのさ。何であれ、見逃さない。異変があれば、そいつに喰らいつく。


 何も新たな異常がなければ?


 魔法の目玉組合のガントリー会長さんから伝授された『呪い追い』を頼るのみさ。守備の基本は臨機応変。こだわらず、本能に従い反射する……それでいいのさ。


 ……左眼の奥から、ゼファーの感覚が伝わって来た。


 ―――『まーじぇ』が、つかうよっ!!


 ゼファーは『悪意の枝』の群れをかいくぐるように回避して、救護所の中心へと進む。見事な踊りと、素晴らしい加速だ……きっとリエルもドヤ顔を浮かべていることだろうよ。そのまま、オレの愛する正妻エルフさんは、古来の大魔術を使う。


「『ポゼッション・アクアオーラ』ああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 森のエルフの弓姫が、その王族の血に宿る絶大かつ膨大な魔力を解き放つ!!水色と黄金色の融け合う、強大な魔力の輝きにあふれる波動……そいつが、戦場の全てを照らしていく。


 オレたち突入チームは、集中をさらに深める―――どこから『ゼルアガ/侵略神』が襲いかかって来ても、連携してぶっ殺してやるためにでもあるし、もう少し穏やかな観察をするためでもあった。


 どちらにも対応できるように、集中するが考え込むことはしない。その軽薄なバランスこそ守備の奥義ではある。


「ぐうううううう!?な、なんだ、この光っ!!?亜人種めええええええッッッ!!!』


 ……見る。竜太刀を構えながら、化粧された牛の頭骨を見つめる……。


 『ゼルアガ/侵略神』が間近に現れて、敵意を向けてくることはなければ、その異形の姿を現すことはない。


 だが。異常は起きる……『呪い追い』の赤い糸が二つに分かれていた。牛の頭骨とは別の場所だ……この場所に転がる死体たちの一つに向かうのだ。それは、医療班であったであろう少女の遺体だった。


 アルノアめ。


 帝国の貴族どもは、オレを怒らせる天才のようだぞ。


 竜太刀が燃える。鋼に融けるアーレスも怒っていた。竜太刀を振り回し、彼女に絡みつく『絞め殺しの木』の枝だか根だかを斬り裂く。血に似た樹液が飛び散るが、そんなものはどうでもいい。


 竜太刀を鞘にしまい、オレは少女の遺体を抱き上げた。その華奢な重さを、少しばかり離れた場所へと寝かせたよ。


「……団長?」


「ソルジェ兄さん、彼女に、何か異常が?」


「いいや。この娘ではない。この娘は、呪いを隠すために配置されていただけさ」


 枝分かれした『呪い追い』の片割れは、少女の血が落ちて広がる地面に続く。ナイフを使い、オレは少しばかりの発掘作業をする。血混じりの砂を掘ると……そこには、錆びた金属片が現れる……こいつは―――。


「―――コインでありますな」


「錆びていますが、花束が刻まれているようですが……もしや、『古王朝のカルト』に関わる……っ!?」


 コインが、動いて逃げようとしたからな。いきなり放たれたばかりの矢のような速さで動きやがったよ。当然ながら、逃すはずもない。


 ザグンッッッ!!!


『ぎひいいいっ!?』


 コインをナイフで突き刺してやったら、金属とは思えんほどにピチピチと魚が跳ねるように踊りやがったな。だが、刃を突き刺した感触で分かるよ。コイツは確かに金属なのだ。そして、『真なる呪いの中心』は、こんな小さな……『物体』だった。


「鳴く金属でありますな」


「ああ。そのようだ。『ゼルアガ/侵略神』にまつわるシロモノは、何だって有りのようだぞ」


「お、お二人とも、冷静ですねっ!!なんだか、感動するばかりです」


「イエス。平常心が戦場で元気に過ごすコツでありますぞ」


「はい。学びます。キュレネイさんの平常心……それに、ソルジェ兄さん」


「なんだ?」


「お見事です。ヒトの反射速度で、あれに追いつくなんて……っ。予測していたんですね。私、修行不足です」


「誰しもが修行は続けなければならん。修行が足りる日は来ないさ。だが。今は、この『呪い』をぶっ壊すとするかッ!!」


 牙を剥いて、目を見開く。ストラウスな顔をより強くしながら『雷』を解き放つ。うごめく金属のコインもどきに対して、その小ささには十分すぎるほどの威力の『雷』がナイフの刃越しに注がれていく。


『ぎいいいいい!?ぎひいいいいいい!!』


「虫のように鳴くでありますな」


「……気持ち悪いですね。コイツ、金属に擬態している?……いいえ、この魔力と質。動く金属……そうか、錬金術で『ゼルアガ/侵略神』の組成物と特殊なミスリルを混ぜて作ったのかも……」


「変なヤツというわけですな」


「は、はい。たしかに……何であれ、金属には『雷』が有効です。実体化した『ゼルアガ』の一部ぐらい、ソルジェ兄さんの魔力で、焼き払えます」


 ククルの予測の通り。『雷』を過剰なまで注がれた『物体』は、赤い輝きを放ちながら炉のなかで炙られたガラスのように、トロリと融けながら地面にこぼれ落ちていったよ。それは泡立ちつつ爆ぜながら、やがて冷やされることで黒く変色した。


 その一連の変異のなかで、『呪い追い』は消失していたよ。




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