第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その127


 アルノアの騎兵どもは防具を脱ぎ捨てる。兜に、鉄靴、鎧もな。道具袋から水筒を取り出して、残りの全てを飲み干したていく。いや、あるいは胃袋が受け付け切れないというのならば、頭からかぶって一瞬の涼として消費していったよ。


 潔さはある。嫌いになれん部分だな。死に行く覚悟を決めた騎士どもの見せる光景は。


「構えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 歌を放ち、馬上で攻撃に不要なモノを捨て去ったアルノアの騎兵どもの多くは、ニヤリと笑う……余裕があるわけではない。戦いだけを楽しむと決めたのだ。


 もちろん、その境地に達することが出来ていたのは、わずかな数だ。アルノアのために生きた騎兵どもと、一部の古強者だけ。それでいい。死に向かって突撃する道を選ぶのに、誰も彼もが迷いを抱かないということは、あまりにもの狂っているものだからな。


 ……泣いている若者もいたよ。可哀そうとは思わん。選択の結果に訪れたことは、全て自己責任だ。アルノアと、帝国人になる道を選んだ。それが自らの幸福につながるという判断のもとにな。


 泣こうが喚こうが、全ては遅い。


 それでも、叫ぶ者もいたよ。


「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 言葉にならないときには、ああいう歌こそが相応しい。苦悩を放つがいい。それぐらいの自由は許されているだろう。オレではなく、神からでもなく。君と一緒にこれからくたばる引きつった笑顔の同胞たちからだ。


 敵の苦痛は届かん。不条理だと思うか?……違うな。お前たちが選んだ『正義』が敗北したから、その苦痛は現れた。


 お前たちがより有能であり、お前たちがより強ければ……オレたちの『正義』を淘汰して、お前たちの選んだ『正義』と、それに基づく利益を享受した。


 叫べ。


 知っているぞ、その痛みはな。


 運命を背負わされた気持ちになっている、間抜けな自己陶酔野郎の歌でもある。耳に残っている。魂に染みついている。9年前に、オレもそんな歌でノドを揺らし、絶望していた。そいつは負け犬の遠吠えという名の歌だ。


 だが。貴様らは良かったではないか―――それから、9年も苦しみ続けることはないのだからな。これから死ねるぞ。だから、せいぜい、弱さのせいで与えられた運命について、自己陶酔の嘆きを歌うがいい……。


 責めないさ。


 貴様らは、オレの敵であり、あまりにも違う立場だから同情の気持ちも湧かん。だが、しかし……自分を見た気持ちにはさせてくれたな。だから、祈りはくれてやる。立ち上がるがいい、無力な若者どもよ。涙をぬぐって、せめて自らの弱さが招いた罰のために牙を剥け。


 抗うといいさ。


 ……オレの祈りなど、神々はお嫌いなはずなのだが。それでも、泣き叫んでいた敵の若者の数名は、覚悟を決めていた。ただただ鋼になろう。ただの武器になろう。それでいいのさ。死ぬときに、あんまり多くのことを考えないほうがいい。


 負け犬みたいに喚くよりも、震える歯を合わせながら、ただじっと運命をにらみつけて行動していた方が、ずっといい死にざまなんだよ。


「……ドゥーニア姫が、陣を動かすみたいだぞ?」


「有利な戦い方をするのさ。ヤツらの自己満足に付き合い、戦士に死傷者を出すことなど、彼女ほどの指揮官が望みはしないさ」


『……ゆみへいを、さゆうに……ちゅうおうは、ながいやりのきへい……うけとめるんだ、てきのとつげきを!』


「賢いぞ、ゼファー。その通りだ」


『えへへ!』


「それで、ソルジェよ。我々はどうするのだ?」


「任務を継続するとしよう……アルノアの動きを見つける。敵が兵力を使える作戦は、これで終わりだからな」


「この機に乗じて動くというのか?」


「動く気があるなら、ここしかない……」


「……ふむ。そうか。ソルジェにも読み切れない行動となると、悪意に基づかない行動か?」


 ……ガルフ・コルテスの言葉をリエル・ハーヴェルも継いでいるんだがな。オレよりも自由なところがある。ガルフに影響され過ぎているオレよりも、柔軟な考えをしてくれる。ここに、ガルフがいたら喜ぶだろう。そして、ガラハド・ジュビアンあたりがいたら?


 お前に嫉妬しまくっていたさ。


「……いい言葉だぜ、さすがは猟兵だ、リエル」


「……ん?何か、言ったか?」


「ああ。オレは、ちょっとだけ、アルノアの行動が見えた気もする。具体的には、ちょっと分からんが、一瞬だけ、影みたいなのが頭に浮かんだよ」


 悪意の反対。なるほど、読めんわけだ。善意という意味ではない。そうではないさ。『合理的な悪意の反対のこと』だよな、おそらく……。


「……ぬう。考えがまとまってから話すといい。私は、ロロカ姉さまのように賢くない。お前の迷いに対して、的確な答えを導くことは出来んのだからな」


「それでいいのさ。誰もが違う。それでこそ、オレたちは強い『家族』でいられるのだ、リエルよ」


「……うむ。よく分からんが、分かったこともある。私は、きっとお前の役に立っているのだ!」


「くくく!もちろんだぜ、リエルよ……さてと、見ておくとしよう。アルノア軍の最後をな……」


「……ああ。なかなかの強敵であった。さらばだ、帝国人どもよ」


 帝国人。それに成りたかった『メイガーロフ人』の人間族の若者は、やはり帝国人と呼ぶべきだろうさ。リエルは、冴えている。オレよりもずっと、的確だよな。


「突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


 敵の誰かが戦場の空に言葉をぶつけた。合図となり、狂気ににやける顔も、涙にぬれた顔も、敵の誰もが馬を走らせる。汗ばみ、口の端に泡を浮かべたまま、蹄で砂漠を蹴りつけながら、軍馬は駆け抜ける―――。


「射殺せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 象徴的な稲妻みたいに響く号令で、ドゥーニア姫は弓持つ騎兵たちに命令を実行させたよ。砂嵐が消え去り、隊列まで組んでいる。最高の連携を見せた。敵兵の前列が矢に射殺されて、ばたばたと崩れ落ちていく。


 矢は連続した。崩れた敵騎兵のあいだから抜け出した者に、精密な矢が突き立てられた。それでも、進む……軽さを帯びた騎兵は、ひたすらに加速していた。『新生イルカルラ血盟団』の騎兵たちは走りすぎて疲れた軍馬に乗る敵に向けて、長槍を差し向けた。


 巨人族のリーチ。長槍の殺傷範囲。二つの長さが相乗しながら、敵兵を貫く。守りを固めた陣形には、特攻さえも利きが薄いものだよ。陣形の守りを越えた一部の敵兵どもが、『メイガーロフ』の軍槍武術と戦ったが、いい勝負が出来た者はわずかだ。


 それに、連携は機能した。槍を打ち合わせている間に、数の利を使う。敵兵の側面に向けて放たれた槍が……強者の胴をえぐっていた。最後の突撃は、華々しく、ほぼほぼ敵の流血でのみ飾られていた。


 あの負け犬の歌を放っていた若者も、槍に打たれて首の骨を折った。すぐに死にながら砂漠へと落馬する。いい死にざまだ。槍を手放すことはなかった。それでいい。蛇神の信徒であれば、貴様は、蛇神に気に入られることになるだろう。貴様の天国に行くがいい。




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