第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その126


 矢を盗みにかかる。敵兵どもの死体が背負う矢筒から、片っ端から矢を盗み取った。着地したゼファーからもリエルが飛び降りて、矢の回収を行う。素早い仕事さ。彼女の方が身軽だからな。でも、オレの方が作業に取り掛かったのは早い。


「回収、完了だ。ソルジェ、私は30本ぐらいだぞ!」


「こっちは、40本……」


「悪くない収穫だな!」


「おう。十分な量だぜ!ゼファー!」


『うん!『どーじぇ』、『まーじぇ』、せなかにのって!!』


 愛らしい足音を立ててゼファーがオレたちに駆け寄った。夫婦そろって、その愛しく力強い背中に飛び乗る。ゼファーは飛翔した。狙うのは……敵の背後さ。矢は、十分な量が手に入ったからな。


 騎兵どもの全員を射殺せる量じゃないが、こちらも射手が二人だけだし……ヤツらが救護所に逃げ込む気なら……手出しが可能な時間も、そう残されちゃいない。


「どこを狙う?」


「運試しになる」


「私たちのか?」


「……違うな。アルノアの運試しだ。オレたちの勝利は揺らがない。ヤツらを適当に射殺してやるぞ。もう、南に向かってしか、走ってはいない……ゴールは、救護所だ」


「なるほど。アルノアに当たれば……リアクションするな」


「当たれば分かるさ……狩りまくるぞッ!!」


「了解だ、ソルジェッ!!」


『うっちまくれーっ!!』


 加速して南へと向かう敵騎兵の背に、矢を撃つ!ただただ、撃ち続けた。敵兵どもをランダムに狙撃してやる。強兵を楽に殺せる、最高の時間ではあった。アルノアに当たれば、それで、この戦にも決着が訪れる。


 ……オレとリエルは片っ端から数十人、その背中に、矢を突き立ててやった。砂地が次々に赤く染まっていくが……残念なことにアルノアの悪運は、尽きはしなかった。


 角笛が鳴る。


 今まで、全力で背を見せた走り続けていた騎兵どもが、背後へと振り返り、矢を放ち始めていた。


『……っ!!かいひするーっ!!』


 ゼファーが右に旋回しながら、矢の反撃を回避してくれる。


「対応が、変わった?……私たちの矢が、アルノアに命中したのか……?」


「違うな。死体を囲む動きはなかった。アルノアが、目的地に到達した。だからこそ、オレたちから守ろうとしていやがるのさ」


 アルノアは救護所に逃げ込んだ。オレたちの倫理観を信用しているわけでもないだろうがな……。


「ゼファー。南に逃げる敵兵どもを、襲撃するぞ」


『ねんのため、だね!』


「ああ。可能性は低いが、逃がすわけにはいかない……アルノアはおそらくは救護所に逃げ込んでいるようだが、あの騎兵どもの影に隠れて逃げ延びる策である可能性は否定できん」


「大した数ではないな」


「そうだ。大半は救護所を守っている。本命はあそこだが……もしもの可能性を潰す。ドゥーニア姫は、圧倒的な勝利を望んでもいるからな」


『らじゃー!!みなみに、にげたやつらを、かっこげきはだーっ!!』


 ……統制の取れた逃亡ではない。あくまでも個人的な逃亡者どもであろうがな。傭兵や、メイウェイが育てて来たが……メイウェイを裏切った『メイガーロフ』人の若者どもだろう。


 予想されるその身分が正しいとすれば、それほど躍起になって殺す理由もない。だが、アルノアを逃すわけにはいかない。『パンジャール猟兵団』の名にかけてもな。


 それに、残存する戦力が少ない方が戦後処理も容易くなる。ゼファーは逃げようと散開して走る敵騎兵どもを、東側から西側に追い込むように飛んでくれたよ。おかげで、楽な仕事は続いた。


 三十騎ばかり射殺して、十騎はゼファーの突撃と、オレが竜太刀で襲撃した。矢を奪い取りながら、戦いを続ける。逃げようとした敵騎兵は、全て処分し終えていた。


「……ソルジェ。風が」


「ああ。この砂嵐は短命なようだ」


 40分ほど続いた砂嵐の赤い空が終わる。上空には雲のない青が戻り、金色に煌めく太陽が見えた。


『ふうう!!』


 空中で身震いをして、ゼファーは黒ミスリルの鎧と、うろこのあいだにまとわりついた砂を吹き飛ばしていた。リエルもバンダナを外して、乙女の手を使って体の砂を落とす。オレの赤毛もパタパタとはたいてくれたよ。


 ……砂嵐も嫌いではないが、少しばかりは苦痛を伴う時間ではあったからな。解放感はある。風が弱まってくれたおかげで、少しだけ涼しい。まあ、これから気温はより上昇してくるだろうがな。


「……敵は、沈黙しているな」


「こちらも矢は残り少ない。それに……オレたちが戦う必要もない」


「うむ。『新生イルカルラ血盟団』が、南下してくる……アインウルフの騎兵たちもか」


 砂嵐に紛れた突撃の時間が終わると、敵兵の死体から流れ出て血で砂漠は赤く染まっていた。騎兵のカバーを失った歩兵の群れは、『新生イルカルラ血盟団』と『第六師団/ゲブレイジス』の騎兵の重みを持った突撃に蹂躙されて全滅状態だ。


 わずかに残った敵兵も、降参している。ドゥーニア姫は捕虜を取ることに積極的ではないようだが、マルケスはそれなりの数の捕虜を取ろうとしている。だとしても、それほど大量ではないな……いい役割分担だ。


 『第六師団/ゲブレイジス』には、素直に従おうとする帝国兵もいるさ。


『みんなが、こっちにくるねー。『がっしゃーらぶる』のほうも……てきがいなくなってるねー!!あいんうるふの、きへいが……すこしいる?』


「……突撃に戦力が足りると判断して、戦力を分けて派遣してくれたわけか。将軍としての経験値が成せる判断だろう」


 ……さすがだな。ミアのサポートを受けた『太陽の目』の僧兵たちの進軍に、ケットシー山賊たちの活躍、ラシード率いる民衆兵の粘り……総力戦の挙句、オレたちは全ての戦場で勝利を重ねることが出来たようだ。


 ラシードが率いる戦士たちまで、前進して来ているな。こちらの死傷者も相当なものではあるが……勝利は確実だよ。ゆっくりと、アルノア軍の騎兵と救護所を包囲していく。アルノア軍の動きはない。


 強まる日差しに、馬が参り始めているな。竜に追われながらの逃亡劇は、軍馬の体力に終わりを招いた。塩不足も効いているのかもな。汗をかきすぎた馬は、もはや立ち続けることも辛そうだ。


 ……アルノアの騎士どもの表情も硬い。アルノアを救護所に残したまま、ヤツらは近づいてくる終焉を見ているようだ。汗と共に、集中力も体力も奪っている。だが、士気と意地はまだ残っていた。


「……突撃をする気か……」


「死ぬ気だな。理解している。アルノアに近い騎士を、ドゥーニア姫が生かして逃がすことはないとな……アルノアは、何を企んでいるのか……」


 分からない。どうする気なんだ?……この状態では、もはや逃げ道はないように思えるが……今は、アルノアの騎士どもの最後を見届けるか。


 騎士どもが疲れ果てた馬の背に乗り……槍を構えていた。意地を見せるか。ガルーナ人の価値観からすれば、このあがきは悪いものではない。




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