第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その111


 ……『イルカルラ血盟団』との戦いにおいて、ランドロウ・メイウェイが採用した戦術が何なのか?……少数精鋭の戦いを知りつくしているオレとしては、予想がついていたが。ドゥーニア姫たちとの会議でも確認している。


 砂漠を知り尽くしている『イルカルラ血盟団』は、騎兵で攻め込み矢を放ったのさ。そして、矢が尽きれば逃げる。


 一撃離脱の戦闘を繰り返していた。正面衝突なんぞをすれば、少数の『イルカルラ血盟団』は敗北必死だからな。機動力と砂漠という逃げ道を使いこなす戦いをしてきた。そういう戦いに対して、必勝法というものはない。


 だが、ベターな対策はある。


 『防御に徹して、矢を消耗させる』ということだ。


 巨人族の戦士が主体だからな。強いが、重いんだよ。メイウェイの鍛えた騎兵たちが反撃を行えば、退いたところで十分に追いつける。矢で撃ち合う消耗戦をしたあとで、強力な反撃を叩き込めばいいのさ。


 『イルカルラ血盟団』は慢性的な物資不足でもあった。矢の数も無限ではないから、帝国軍よりも先に矢が尽きちまう。そうなれば、後出しの攻撃で蹴散らせた。


 矢を撃ち尽くした後の猛攻で、メイウェイは何度も彼らに打撃を与えてきたのさ。その経験は若手の兵士どもにも記憶されているし、アルノアも知っているわけだ。


 『イルカルラ血盟団』との最良の戦い方とは、メイウェイが作り上げたように『相手の矢が尽きるまでは耐えて、その後で猛反撃を加える』……こいつが最良の選択だ。


 偶然ではない。


 アルノア軍が、この防御の陣形を選んでいることは、経験に裏打ちされた鉄則だったのさ。


 だからこそ、オレたちは笑えるわけだよ。


「……作戦通りだぜ」


「うむ。恐ろしいものだな。ここまで、完璧にハマるとは」


「経験に頼るたがるのさ。メイウェイは、この戦い方をして『イルカルラ血盟団』を追い詰めたわけだからな」


 ナックスを捕らえてしまうほどに、ドゥーニア姫指揮下の軍に大打撃を与えたことも記憶に新しいものだろう。


「自分たちが否定したランドロウ・メイウェイ。そいつの戦い方を選ぶとは、アルノア軍の連中も芸がないものだな」


「それだけメイウェイの指揮能力は高かったわけだ」


「だが、少しズルさを感じもするぞ」


「たしかにな」


「……でも、そのおかげで勝てるわけだ。なかなか、複雑だ」


『あ!『どーじぇ』、『まーじぇ』!れいちぇるたちが、しかけるよ!』


 ドゥーニア姫の部隊に続いて、第二波が動き始めている。ドゥーニア姫の部隊に続き、『第六師団/ゲブレイジス』が動いていた。


 『第六師団/ゲブレイジス』の役目は、アルノア軍への突撃ではない。


 『ガッシャーラブル』周辺で戦いを繰り広げている『太陽の目』の僧兵たちを援護するためであり……ドゥーニア姫の騎兵たちの背後に、僧兵たちと戦っている敵の歩兵が近づくのを防ぐために、『ガッシャーラブル』とアルノア軍のあいだに陣取ることだ。


 ベテランだらけの『第六師団/ゲブレイジス』は、とっくに体力も矢も尽きているからな。ドゥーニア姫の騎兵たちが行う弓での射撃を援護することは難しい。だが、あの場所に陣取ることで、二つに分かれている敵のどちらにもストレスを与えているわけだ。


 マルケス・アインウルフは、常勝将軍らしい指揮を見せつけている。戦わずして、敵の精神を疲弊させるというな。プレッシャーのかけ方としては、最良のものだ。むろん、いつまでもマルケス・アインウルフが、じっとしているとは思わんだろうさ。


 アルノアにとって、この戦場で『最も読めない指揮官』はマルケスだった。突撃してくるかもしれないという恐怖……メイウェイ以上の伝説を持つ男に、警戒を抱かないほどの大物ではないわけだ。


 そんな『第六師団/ゲブレイジス』の影に隠れながら、うちの猟兵たちも参加している『新生イルカルラ血盟団』の第二波が移動していたよ。『第六師団/ゲブレイジス』の騎兵たちが前後に分かれたと思うと、その場所から騎兵たちが突撃していった。


『……だいには、いけーっ!!』


 ゼファーの歌に励まされるように、『新生イルカルラ血盟団』の第二波が戦場を駆けていく。ドゥーニア姫の第一波とは、異なる角度からの攻撃になる。しかも、『第六師団/ゲブレイジス』という障害物に隠れての突撃……。


 アルノア軍は、『第六師団/ゲブレイジス』が突撃したと誤解しただろうさ。ムダに矢を放ち、そのチャージを止めようとする。だが、もちろん、矢の間合いに突っ込む直前で、第二波も減速しながら横に躱すように軌道を変えての馬上射撃を行う。


 レイチェルは馬上から戦輪を放ち、キュレネイとククルはそれぞれ弓で矢を射る。三人の攻撃は命中したよ。リエルほどの精度とは言わないが、達人級の遠距離攻撃能力があるからな。


『やったー!!』


「うむ。いい腕だな、及第点だぞ」


 猟兵が活躍すると、うれしくなるもんだよ。団長さんの顔は緩む。


 第二波は第一波よりも敵に大きなダメージを与えることに成功していたな。ドゥーニア姫の第一波と『第六師団/ゲブレイジス』、もちろん上空にいるオレたちの動きが、敵の集中力と警戒心を分散させているからだ。


 アルノア軍が放った矢の密度は最初こそ濃いものであったが―――それ以後の射撃は薄まっていたよ。薄い矢の雨に対して、積極的に近づくリスクを冒しながらも射撃したからこそ、命中精度は高まり、敵への損害をより大きくしてもいる。


 順調だ……第一波は北から南に駆け抜けたが、第二波は東から西に駆け抜けた。アルノア軍は、二方向に分かれた騎兵の集団に、囲まれてしまったな。


 それはアルノア軍にとっては致命的な問題にはならない。矢を撃たせることが出来れば、反撃のチャンスは近づくのだからな。


 一撃離脱式で、矢と体力を失わせればいい。多少の被害は、問題視しないさ。『新生イルカルラ血盟団』が行った二度の攻撃による被害は、甚大とは言い難いものだった。だからこそ、納得してくれるはずだ。


 その戦術を繰り返していけば、矢の残弾数の少ない『新生イルカルラ血盟団』の攻撃力は、やがて近い未来に消失してしまうのだとな。そうなれば、猛反撃で一気に潰せる。アルノアはそう考えているだろう。


 たしかに、敵が『イルカルラ血盟団』であれば、必勝パターンであった。だが、アルノアよ。今、貴様らが相手しているのは、『新生イルカルラ血盟団』なのだ。両者のあいだには、ずいぶんと大きな違いがあるのさ。




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