第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その110


『……てきは、どぅーにあたちのうごきに、きづいてないね!』


「そうだ。オレたちは、気づかれてやろうじゃないか」


「敵の視線を誘導してやるのだな!」


『なるほどー!とびまわるねー!』


 『ガッシャーラブル』の上空を、ゼファーは旋回してみる。『目隠し』の一環だな。敵兵どもの視線が集まってくる。殺気と警戒の混じったものを肌に感じるよ。実に心地よさがあるものだ。


 ……オレたちが『囮』としての仕事を始めて二分もする頃には、『第六師団/ゲブレイジス』の西側にドゥーニア姫の騎兵隊が集合していた。『第六師団/ゲブレイジス』の背後には、うちの猟兵たちがいる第二波が陣取る。


 何か、策を見せてくれる動きだな。


『……あ。あっちも、たたかいがおきそう……っ』


 『ガッシャーラブル』を包囲していた帝国兵の部隊が、『太陽の目』に引きずり出されてもいる。『太陽の目』の僧兵たちに向け、戦力が動き始めているな……にらみ合いが起きているが、先に仕掛けたのは僧兵たちだ。


「かかれえええええええええええええええええええッッッ!!!」


「我らの街を守るぞおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「蹴散らせええええええええええええええええええッッッ!!!」


 戦の歌と共に、僧兵たちが大地を蹴りつけ加速する。帝国兵どもも、走り始めるが……動きに精彩を欠くものだ。疲労が出ているのさ。街の中で休めていた戦力とは、比べるまでもないほどに弱さを含む。


 鋼が打ち合わされて、剣戟の音が戦場に響く。僧兵たちは圧倒したな、初手で帝国兵どもを打ち崩していく……いい立ち上がりだ。問題は、質ではない。数では、こちらが半分以下しかいないということだな。


 ……ラシードがいるから、僧兵たちが追い詰められないように指示をしてくれる。それに期待すべきだし、僧兵たちも城塞から離れすぎないように戦ってはいる。包囲されないようにするためだし、尽きそうではあるが、弓と矢の援護も受けられるからな。


 それに、タイミング次第では、もっとダイナミックな策も採るだろう。悪くはない、上々の立ち上がりだ……。


「……ソルジェ。敵が、ドゥーニア姫の軍に気づいたようだぞ」


 アルノア軍の左翼に動きがみられたが……問題はない。ドゥーニア姫は、すぐに動き始めていたよ。稲妻みたいに響く歌が、砂漠の戦姫から解き放たれる。


「『新生イルカルラ血盟団』、突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 ドゥーニア姫の戦術が見れるようだな。


 楽しみだよ。


 名将であるランドロウ・メイウェイと戦い続け、生き延びてみせたその実力が、どれほどのものなのかを示してもらえるのさ。


 軽装の騎兵たちは乾いた石の斜面を駆け抜けていく。急加速して突撃する―――いいや。そういう無茶はしないさ。あの速度は、『先手を取るためだけ』の動きだ。アルノアの軍勢は迎撃―――防御を選ばされる。


 当初の予定通りじゃあるし、考えさせる猶予もなかったからだ。陣形が持つ強みの輝きを与えるため、わずかに左翼の弓兵を広げて弓兵に構えを取らせた。


『てきのまあいに、はいっちゃう!?』


「見てろ。ギリギリを狙うさ」


 砂漠の戦士たちは、弓兵たちの間合いに入り込むギリギリで動きを変えた。スピードを落としつつ、やや左に突進の方向を歪める。アルノア軍の矢の間合いから遠ざかるような動きだな。


 その軌道を走らせながらも、巨人の戦士たちは馬上から矢を撃ち放つ。無数の矢の雨が敵陣に襲いかかる。次から次に、馬上射撃の矢が、アルノア軍の兵士どもに命中していく。遠い間合いだからな……百発百中とは言わないが、3割近くは当てている。


「反撃しろおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「撃てええええええええええええッッッ!!!」


 反撃の矢が放たれるが、遠い間合いであることと疲労……そして、砂漠の戦士たちは射撃を行うと同時に馬に加速させてもいるし、その陣形は密度が薄い。あまりまとまって走っているわけではない。攻撃しやすく、避けやすくもある走りだ。


 もちろん、反撃されればすぐに分断されるかもしれないわけだが―――アルノア軍は、ドゥーニア姫の騎兵たちの最初の射撃を耐え忍ぶだけであった。


 反撃に出ることはない。


 なぜか?


 経験則に囚われているからだった。


 ランドロウ・メイウェイを嫌ってはいたが、その腕前を評価していなかったわけではない。アルノアは選んだのさ。ランドロウ・メイウェイが作り出した、『イルカルラ血盟団』対策を実行しようとしている。


 それこそが、最大の罠だとは、今のところは気づいてはいないようだがな。




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