第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その109


 ドゥーニア姫は移動を開始する。『カムラン寺院』の外に待機していた『新生イルカルラ血盟団』の騎兵隊に合流するわけだ。ガンダラはクールな表情で視線だけをくれたな。ドゥーニア姫の護衛を務めることになるカミラは、緊張しながらも敬礼する。


 ……敬礼か。なんだか状況に流されているような気もするが、集中してはいるか。オレはうなずいたよ。カミラは笑ってくれた。そして、護衛対象であるドゥーニア姫に視線を移し、馬を並走させる。


 『コウモリ』に化ければ、必ず生還させられるからだ―――もちろん、彼女がそれほどシリアスな危険に晒されるような動きは、ガンダラがさせないだろうがな。


 ドゥーニア姫一行は、夜通しの戦いを『休憩していた戦力』と合流する。連日の移動で疲れ果ててはいたが、彼らを一晩しっかりと眠らせて、休ませることは出来た。そいつは大きいぞ。


 疲労による戦力ダウンの有無、そして、この地に対してどれほどに慣れているのかを考えれば、この騎兵たちの戦力は間違いなく戦場で最強だ。


 それについてはアルノア軍も、読んではいる。彼らが温存されていたことをな。だからこそ、両翼を広げた防御の陣形で待ち構えているわけだ。


 さまざまな理由はある。


 だからこそのベターを、アルノア軍は選んだからこそ……これから敗北することになるのさ。


 ああもしっかりと、シンプルな陣形を徹底させればな。ベテランどもは戦い方を理解するし……あちらの若手も数少ない経験値に頼ることになる。


 つまり、限定的な行動しか取れん。オレたちはかなり有利な状況を作れているんだよ。


「……よし。これから十分間だけ、休みを取るぞ」


「うむ!貴重な時間だな!……矢は馬にすでに積まれてあるようだし……携帯食料も積まれているか」


「さすがは現地の戦士たちです。抜かりはないって感じですね」


 ククルはそうつぶやきながら、馬の腰に乗せられた袋の中身を確認する。


「干し肉とドライフルーツですね!あとは、瓶入りの蒸留水ですか……なるほど、暑さでも痛まないです」


 酒が入っていないところが組織としてのマジメさというか、砂漠環境に耐えるための選択を感じさせるよ。酒が入るとムダに汗をかくこともあるからな。砂漠向きの戦闘用のドリンクではないんだろう。


 合理的でなければ、砂漠の戦いを勝ち抜けないということか。まだ朝だっていうのに、すっかりと太陽に焼かれているしな……。


 今日は、さすがには『ガッシャーラブル』の上空を覆うカラフルな布たちが飾られることはないらしい。もちろん、少数の市民が行ってはいるが、誰もが多忙だ。


「……水を飲んでおくか。塩気も少しばかり……」


「お水よりも、フルーツのジュースがいいよ!!ミアが、用意するから、待っててね、皆!!」


 『ガッシャーラブル』にお留守番する予定のミアは献身的な精神を発揮してくれるから、お兄ちゃん感動して目玉から塩分と水分を漏出させてしまいそうだよ。


 マイ・スイート・シスターは有言実行してくれる。テントのなかに補充されていた搾りたてのフルーツ……氷室から取り出した氷まで入っている、複数種類の果汁搾りたてドリンクを、オレたち皆に次いでは運んでくれたよ。


「はい、お兄ちゃんも!甘い方が栄養あるから、いいよね!」


「ああ。塩水なんて飲むのは間違っているからな」


 ……ストラウスの兄妹はニヤリという笑みを連動させた。


 『パンジャール猟兵団』の女子たちは、甘いフルーツ・ジュースを好んでいたし、お兄ちゃんだってミアが運んでくれた激甘フルーツ・ジュースが嫌いなわけがなかった。


 塩気?……猟兵の装備には、舐めるための塩も少しずつ入っているから問題はないさ。アルノア軍の馬が舐めるための塩とは違って、準備は万全だよ。


 甘いフルーツ・ジュースを飲んだあとで、オレは一応、食塩を舌で舐めてはいた。上空は暑くなるからな、地上よりもだ。他の皆は……レイチェル以外は、食塩に可愛らしい舌を這わしているようだ。


 レイチェルは砂漠でも何故だか汗もかかないし、問題ないのだろう。『人魚』の身体能力は、未知なところが多い。まあ、もしも塩が要るなら、旅慣れているレイチェルなら勝手に対応するだろうさ。


「それでは、騎兵チームは出発するであります」


「はい!がんばりましょう!」


「うふふ。リングマスター、リエル、ゼファー。上空から援護を頼みますわ」


「ああ。任せろ」


「矢の補充は私たちも受けている!矢の雨とは言わないが、撃ちまくってやるぞ!」


『ぼくも、さっき、ごはんたべたし、まりょくも、かいふくできているよー』


 ゼファーは帝国兵を食べていたからな。栄養を補充することが出来た。賢い子だよ。本当にストラウス家の趣味にストライクだ、竜という存在は。


「じゃあ、いってらっしゃーい!!」


 ミアに見送られるようにして、騎兵チームが出発していく。オレとリエルも、ゼファーに乗ってそのまま飛び立ったよ。


 ……『ガッシャーラブル』の城砦の内側から騎兵の群れが出撃していく。北の城門から出るわけだ。『第六師団/ゲブレイジス』の奮戦もあり、過剰なバリケードを築かなくても、あそこは守ることが出来たからな。つまり、正規の手順だけでも簡単に開く。


 北門から出た戦士たちはドゥーニア姫が率いる騎兵部隊と、『太陽の目』の僧兵たちが中心となった歩兵部隊だ。歩兵部隊は、『ガッシャーラブル』の東回りに進軍を開始する。敵兵にすぐさま発見されるんだよ。


 別に悪いことじゃない。敵の主力は待ち構えを決めているし……包囲している敵戦力は少数だ。歩兵部隊だけでも十二分な戦いをすることが出来る。彼らは『囮』であり『守護者』であり……『目隠し』の一つになるのさ。


 角笛が鳴る。


「あいつら、アルノア軍の本陣に連絡を入れたのだな」


「理想的に『見つかってくれた』。僧兵たちに敵の視線が集まっている……対応するための戦力も、少しは引き付けられるさ」


 そうしながら、主力は別の方向から現れるわけだ。ドゥーニア姫率いる騎兵隊は、『第六師団/ゲブレイジス』の背後を通り、西へと抜けていた。


 本命の『目隠し』だな。『第六師団/ゲブレイジス』が確保していたスペースと、彼ら自身を使って、敵から発見される時間を先延ばしにすることができた。わずかな時間ではあるが、これもまた有益なアドバンテージじゃあるんだよ。


 アルノア軍はこちらの主力騎兵部隊に対して、遅れを取るのさ。数が多い分、即応は困難。陣形も作戦も変えさせない。今ある守備的な戦術哲学に固定させる。行動に制限をかけるわけだ、先んずることでな。


 ガンダラの入れ知恵なのか、ドゥーニア姫の策なのか……どうあれ、ここまでは完璧に組み上がったぞ。




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