第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その112


 『新生イルカルラ血盟団』の二つの騎兵集団は、ゆっくりと動きながら、体力を回復している。突撃を連続で仕掛ければ、馬の体力がもたないからな。


 互いの矢が届かない間合いを保ちながら、ドゥーニア姫の騎兵たちはアルノア軍の正面を歩いていく。挑発して誘っているのさ。アルノア軍にプレッシャーをかけようとしている。弓を構えさせて、疲労も狙っていた。


 この高温の中で、戦いの構えを取り続けることは不慣れな者には辛いさ。ドゥーニア姫たちは、弓を構えずにリラックスした歩調で歩いている。アルノア軍にとっては、攻撃しようと前に動けば狙えるはずなのだが……前進することをアルノアは選ばない。


 まだ矢が残っていると考えている。下手に追撃しようと前に出れば、ヒットアンドアウェイの馬上弓術の犠牲になると考えているのさ。まだ、突撃する時間ではないと考えている。


 ……第二波の騎兵たちに背後を取られていることも、アルノア軍にはストレスではあっただろう。第二波の騎兵たちは、反時計回りにアルノア軍の周囲を回っていた。アルノア軍はリアクションする。


 南北に大きく広がっていた陣形が、少しだけ中央に寄り始めていたな。最も防御に向いた陣形の一つである、輪状の陣形、それに心なしか近づけられている。防御の哲学を持つ陣形からの移動なら、行いやすいものさ。


 陣形が変わることは、こちらにはリスクではない。


 重要なのは、守るための陣形を保たせるということだ。ヤツらの行動を支える哲学さえ変わらなければ問題にはならん。


 ドゥーニア姫たちが馬の脚を休ませる歩行をしているあいだにも、アルノア軍は矢を時折撃つが、威嚇と挑発にしかならない。そして、そんなのものに『新生イルカルラ血盟団』は、反応することはなかったな。


 悪くはないが、そろそろ攻撃すべき頃合いだ。あまり消極的であれば、矢が尽きたと判断してくるかもしれない。


 オレがそう考えるということは、とっくにガンダラは同じことを考えてドゥーニア姫に進言していたんだろう。あるいは、ドゥーニア姫の才覚ゆえの指揮かもしれないが。動きがあるぜ。


「行くぞ!!続けえええええええええええええええええッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「突撃だあああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 戦場に歌を響かせながら、ドゥーニア姫が騎兵を率いて突撃する。アルノア軍の左翼を狙い、弓の射程ギリギリを狙っての攻撃を行う。駆け抜けながらの馬上射撃だ。攻防一体の戦術は、再びアルノア軍に打撃を与える。


 それと同時に、第二波も同じように走り始めていた。アルノア軍の西側から南側に駆け抜けながら、矢を撃ち放つ。『イルカルラ血盟団』の騎兵たちは、アルノア軍の周囲を反時計回りに巡りながら射撃を行ったというわけだ。


 アルノア軍も反撃して、わずかばかり損害を受けるが……その5倍以上の被害を与えてはいる。50の被害に対して、向こうは250というような割合だ。戦術としては圧勝している。


 もちろん、オレたちも動いていた。騎兵たちの動きに合わせて、上空から矢を放ち敵兵の排除を行うよ。狙ったのは、帝国兵たちの小隊を率いる者。兜に赤い飾りをつけた連中目掛けて、オレとリエルの矢が精密に襲いかかった。


 矢は当たり、アルノア軍の指揮系統を司る者たちを数名排除していく。反撃しようと忠誠心のある部下が空に向かって矢を放つが、ゼファーは翼で空を打ちつけて、空をジグザクに飛行したよ。天才でなければ、この軌道に矢など当てられないさ。


 それに空ばかりに構っている場合ではなかった。


 地上のドゥーニア姫は、今度は休まずに馬を走らせる。全力疾走ではないが、馬を走らせ続けて反時計回りの襲撃を続行させた。


「撃ちまくれえええええええええええええええええッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「くたばれ、帝国人どもがあああああああああああッッッ!!!」


 歌と共に敵味方双方が矢の雨を放つ。『新生イルカルラ血盟団』に有利な死者のレートで死が増産されていく。


 二つの騎兵集団が連続して動く?……いいや、そうではない。第二波は、アルノア軍の目の前にとどまり、その場で射撃を続けた。『ガッシャーラブル』への道を塞ぐためでもあるし、ドゥーニア姫たちと合流するためでもある。


 それに、『視界を遮断するため』でもあった。


 やがて二つの騎兵集団が合流を果たす。巨大な騎兵の群れとなった一軍は、アルノア軍の眼前に陣取って静止する。


 まるで、突撃に備えているような防御の姿勢―――そう見えたのかもしれないし、『そう見せてもいる』。前列の戦士はこれ見よがしに馬上で曲刀を抜いてもいるしな。


 アルノア軍は素直に反応していた。二つの騎兵たちは集合したが、混沌とした密集になっているわけではなく、ドゥーニア姫の部隊は第二波の騎兵たちの列の背後に回り……その半数が南東に向けて走ったことにも気づかなかったな。


 ヤツらは思い込まされたのさ―――。


「―――敵の矢は尽きたぞ!!」


「動くときだ!!」


「進めええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「亜人種どもを、蹴散らしてやれええええええええッッッ!!!」


 アルノア軍がメイウェイの必勝法に従い、『新生イルカルラ血盟団』に向けて前進を開始したその瞬間―――曲刀を構えていた戦士たちはそれをしまい、弓を構えて矢を放つ。彼らは手持ちの矢を撃ち尽くす覚悟で、惜しみなく矢を消費した。


 アルノア軍の騎兵どもが次々に矢の犠牲となるが、それでも止まらない。体感でも理解しているのさ。『新生イルカルラ血盟団』にもはや矢は残り少ないと。『イルカルラ血盟団』との戦いの経験も生きているのだろう。


 行動パターンというものは変わらないものだ。極限状態でこそ、ヒトはパターンを頼ろうともする。


 バルガス将軍の生きていたころとは、全く別物の組織であることに、経験不足の新兵も、この土地にたどり着いたばかりのベテランの補充兵どもも想像は及ばない。必勝の幻影に取りつかれて、敵騎兵は進む。


「交替だ!!」


「左右に散開しろ!!」


 こちらの最前列の戦士たちが動いた。左右に分かれながら、後方に下がる……ドゥーニア姫が指揮していた部隊の出番となった。


「放てえええええええええええええッッッ!!!」


 姫の号令に従い、矢の雨が放たれる。敵の騎兵どもがさらに死ぬが……始まった突撃は止まらない。


 必勝のパターンを順守するのさ。


 だからこそ、ドゥーニア姫は笑い、さっきの連中と同じように左右に散りながら後列の部隊に後を任せる。


「もう敵に矢は無いぞ!!」


「このまま、押しつぶしてやれ!!鈍足の巨人の騎兵どもなど―――」


 違うな。今や矢は、無数にある。


 三列目の戦士たちが、矢を連続で撃ち放つ。矢の雨が、血気に盛る帝国騎兵どもに死を与えていくよ。あまりにも多くが死に過ぎて、敵の動きが弱まるが……それでも突撃は止まらない。


 悪くはない。信じることは大切だな。だが、そういった動きが策に呑まれたとき、戦は決まるのさ。


 三列目の戦士たちも左右に散会し……四列目が現れる。一列目であったはずの戦士たち。矢を撃ち尽くしたはずの戦士たちであったが、彼らには二十本ずつの矢が配られていた。


「撃ちまくれッッッ!!!帝国の騎兵どもを、殲滅するぞおおおおおッッッ!!!」


 再三再四の矢の雨だ。帝国騎兵どもに疑念が生まれ、突撃が緩む……。


「ど、どうしてだあ!?」


「おかしい、こいつらに……これほど、矢があるはずがないぞッッッ!!?」


 そうだ。


 無かった。とっくの昔に、オレたちは矢を尽きるほどに撃ちまくっていた。しかし、その見せかけもまた罠の一環でもある。この矢の雨の中に、アルノア軍に騎兵を突撃させるためのな。


 突撃した騎兵どもの最前列……幸運と勇敢さを併せ持つ者は、『新生イルカルラ血盟団』の無数の騎兵の背後にいる、あの巨大な獣の群れを見つけたようだ。


「ら、ラクダあああああああああああッッッ!!?」


「や、矢を、補充していやがるのかあッッッ!!?」




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