第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その87
「……オレは……オレは、皆のためにと思っていだんだぁ……っ」
ザックと呼ばれた裏切り者は、空を見ながら詫びていたよ。身勝手な叫び?……そうとも限らん。ヤツは、皆のためにと行動したのは事実だ。
……アルノア軍と戦い、その先にある『破滅』を回避しようとした。高確率で出る死傷者についてだけではない。帝国軍との戦いという壮大な壁に、心が折れたんだよ。出来るわけがないと信じた。だから、この戦に自分たちが参加することを止めたかったのだ。
ベテランであろうとも。
勇敢であろうとも。
大陸の95%を支配下に置くような超大国に対して、戦いを挑むと決めることは容易いことではないのだ。
9年前のオレだって、分からなくなっていた。ファリスを滅ぼせとアーレスに頼まれたがな……どうしていいのか、想像さえもつかなかった。9年かかって、ようやくだ。それだけの時間を費やすことで、オレはようやく帝国の倒し方が見えている。
……世界の大半と戦う覚悟を決められる男は、多くはない。ザックは、誇りを捨てて裏切り者になってでも、この『間違い』に見える行動を変えようとしていた。
「……いいか。戦士たちよ!!武装を解くな!!緊張を緩めるな!!アルノアの軍が、お前たちを許すはずがない!!すでに戦い、帝国に弓を引いている!!そういった存在を、アルノアという男の度量は、許すことはない!!」
甘言を使ってたぶらかすことはやるだろうがな。
「武装解除すれば、お前たちは一方的に殲滅されることになるぞ!!理解しているだろう!!アルノアは、自分の正当性を求めて戦っている!!メイウェイの兵士であった男たちは、メイウェイの正当性を擁護しかねない男たちは、皆、殺したがっているんだ!!」
わかりきっているはずの言葉を、オレは伝えたよ。
ベテランの戦士たちだ。戦場を巡り歩いて、世界の残酷さや不運の味を知って来たはずだ。
「この世界というのは理不尽なのだ!!お前たちが、望まなかったとしても……戦わなければならなくなる!!だが……忘れるな!!お前たちは、孤独ではない!!」
伝えるさ。
当然のことを。
伝えるべきことを。
アルノア軍の足音まで聞こえてきそうな、今この時でも―――いいや、今この時だからこそ、伝えるべきだった。
「『新生イルカルラ血盟団』は、ドゥーニア姫は、お前たちを信じたんだぞ!!亜人種であり、今夜の敗北が、致命的な破滅を確実にもたらす彼女たちが、お前たちを信頼に足る戦士たちだと信じたッ!!その意味が持つ重たさを、思い出せッ!!」
……感情論くさい?
そうだ。感情論だ。士気も砕けて、虚脱しているこのヘタレどもを動かすためには、もはや感情に訴えるしか道なんてないから、そうしているまでのことだ。策なんて、あるはずがない。
この土壇場で、思いつく策などな。
「戦え!!亜人種との子がいるだろう!!亜人種の伴侶もいるはずだ!!お前たちは、オレたちと同じ立場なんだ!!……帝国は……とても大きな敵だ!!勝てると信じることは、難しいかもしれない!!だが、勝てるんだ!!どんな強大な敵であったとしても、オレたちは勝つために策を練った!!……オレたちでならば、この戦に勝てるッ!!」
なかなか止まることのないメイウェイの傷口を、指と手のひらを使って固定するための圧をかけながら……指に流れるべき時を逸している血を吸わせながら、戦士たちを見た。
戦士たちの何人かが、馬に乗る。武装を完全にするための作業を行ってくれている。だが、大半はそうではない。悲観と絶望……そういう力に、押しつぶされていやがる。
彼らと距離のあるオレの言葉では、これまでなのだろうか―――オレは、間違っていたか。『家族』でメシなど喰わず、この戦士たちに笑顔でマンサフと酒をふるまうべきだったのか?
そうは思いたくはないが……それでも、この戦士たちとのあいだに、絆が足りなかったことを認めよう。
なにが、『結束』だ……。
……オレは、この戦士たちとの絆を、どこか軽んじていた。元・帝国人だからか?そんなことの囚われとなり、オレは距離を作ってしまっていたか?
……言うべきだろうか?
『家族』のために、特攻して死ねと。
わずかながらに、オレの言葉を聞いてくれた軽装騎兵たちに向けて。そいつが、このクソッタレな状況で、唯一の『まだマシ』な選択だ。
だが……オレに、それが言えるのか!?
9年前に特攻して……その結果を知っているオレに!?
―――あにさま、あついよう!!あついようッ!!
知っているんだぞ。オレは、聞いた!!オレは見たんだ!!『家族』が……お袋と、オレの妹、セシル・ストラウスが焼かれる姿を!!……半端な特攻では、何も変えられやしないということを知り尽くしたあげくに、オレはその言葉で彼らを死地に誘うのか!?
……頼むよ。
……頼む、アーレス。
オレの声を聞いてくれ……オレに答えを授けてくれ……。
中途半端な特攻では、アルノア軍の物量を受け止められん……今夜、持ちこたえなければ、反撃の機会など来ないのだ……ッ。
重傷者の腹を押さえながら、オレは背中にいるアーレスに訊いた。竜太刀の鋼に融けたオレの竜……ゼファーよ。アーレスの声は、今、お前に聞こえているだろうか?……オレは、オレには、今、アーレスの声が聞こえんのだ……。
―――『どーじぇ』……っ!!
ゼファーが、オレの竜が左眼にその光景を送り届けてくれる。
一人の男の背中だった。誰かはすぐに分かる。その男だ。そいつは、こっちに近づきながら、顔を覆っていた布を取り去っていく……。
その男に気づいた者たちが、気づいてしまった者たちが、戸惑うような声を漏らしていくことで、どよめきは生まれていた。
クソが。
相変わらず、考え無しだ……お前という男は!!
「……戦士たちよ!!私は戻ったぞッ!!我が名は、マルケス・アインウルフッッ!!大陸最強の騎兵である君たちを率いた、最強の将軍であるッッッ!!!」
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