第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その69


 『ガッシャーラブル』に入城していく戦士たちを見守るように、オレたちはゼファーで上空を旋回しつづける。


 地上ではトラブルは起きてはいない。『太陽の目』との衝突が無いこともだが……帝国軍との衝突もない。メイウェイが自分についた帝国兵たちを上手いことまとめてくれていることが大きいな。


「……帝国兵士の中には、かなりこっちの仲間になったヤツが多いってことなのかな、サー・ストラウス?」


「そういうことだぜ、ギュスターブよ。意外か?」


「……意外?……どうかな。自分の家族が絡んでくるのなら、関わる勢力を変えるという発想は分からなくもない気もする……」


 グラーセス王国は鎖国の歴史をもつ国だからな。戦と言えば、外国の敵との戦いではなくて、ほとんどの場合が内戦のことだった。つまり、『寝返り』も多く起きていたのかもしれない。


 内戦というものは、どこも身内同士のもめ事を大きくしたようなものだからな……オレよりもグラーセス王国の戦士であるギュスターブのほうが、帝国兵の寝返りについて寛容な理解で受け止められるのかもしれん。


「そもそも。亜人種を弾圧するような連中に、多くの戦士が加担していることのほうがおかしいようにも思える」


「……たしかにな」


「人間族だって、亜人種を憎んでいるヤツらばかりじゃないだろう。オレは、サー・ストラウスが初めて身近で見た人間族だったし……それに、アインウルフも亜人種が嫌いという雰囲気もなかった。『外』の世界ってのは、それほど人間族と亜人種の仲が悪いのか?」


「悪いところも多い。帝国は、その傾向が極端に強いのだがな……」


「……頭の良くないオレには、よく分からない」


「世界には、色々な考え方をしているヤツがいるということだ……」


「難しそうだ」


「他者の意見ではなく、自分がどう生きるかを貫くかだろう」


「なるほど。さすがは、サー・ストラウス。オレにも分かりやすい理屈を教えてくれる」


「お前の助けになったのなら、光栄なことだよ」


「オレは……サー・ストラウス。さっき知り合ってしまったガキどものためにも、勝たなくてはならないと考えている」


「それでいい。政治的な大儀よりも、よっぽど明白な答えだ!!さてと、ゼファー!!」


『うん!!みなみにいくねー!!』


 アインウルフの提案の通りのことをしている。ゼファーで『新生イルカルラ血盟団』の周囲を飛び回るんだよ。


 年寄りと負傷者だな……子供もいるが、まだ元気な方だ。


『……みんな、よわっているね……』


「そうだな。砂漠を駆け抜けることは、この土地で生まれた彼らにとっても辛くて過酷なことだったんだよ。ゼファー、雄々しく飛ぶぞ。彼らを、勇気づけるんだ!!」


『うん!!そうするね、『どーじぇ』ッッ!!』


 漆黒の翼で星空を打つように。とても力強い飛び方で、ゼファーは疲弊した者たちの上空を飛び回っていたよ。見守っているということを伝える……それは、見捨ててはいないということを表現する行いだ。


 ……現実はシビアだからな。彼らを待っていることは『新生イルカルラ血盟団』の得にはならない。戦力にはならないからだし、彼らを待って進軍を遅くすれば、それだけ戦闘能力のある者たちの休息時間が減る。


 隊列を崩してでも、とにかく街に入って休める時間を増やす。それもまたこの戦を生き抜き勝利するためには不可欠な要素だった。


 そこまで詳しくは言わなかったが、隊列を崩すことを勧めたのは、そういうことだ。彼らよりも戦士の休息を優先している……彼らの移動が完了するまでは、アルノア軍が襲いかからないほど、敵とは距離がある。


 だが、それをおそらく彼らは知らないし。信じてもいないだろうさ。だからこそ、オレたちが飛ぶ必要はある。『見捨ててないことを伝える』。これは、そういう意味を持った行動である……。


 それに、こういうときのための行動でもあるな。


『ねえ!『どーじぇ』、あそこ、うごけなくなっているひとたちがいるよ!!』


「ゼファー。行くぞ」


『うん!!』


「……回収するのかい、サー・ストラウス?」


「そうする。動けない者を、捨て去ることはオレとゼファーの騎士道に反するのさ」


「ヘヘヘ!そうか、そうだなあ、たしかに騎士道に反することは、すべきじゃないよな!!」


 彼らに感情移入し始めているギュスターブは、このアイデアに賛成だった。ベテランたちも黙っている。無言の支持をくれていると判断するよ。見張りの時間を減らすことは……守っているというアピールを減らすことでもある。


 全体よりも少数を優先する行動ではあるな。そいつは、組織論としては正しくないのかもしれない。だがね、やはり余力があるのなら、人助けはすべきだ。オレは……そうだ、助けることが出来なかった者の顔を、心に浮かべている。


 誰しもが、大なり小なり後悔しながら生きているものだ。過去に囚われている。守れなかった守るべきこと。約束だったり、倫理に基づくものであったり、あるいは……人命だな。セシル、お袋……オレにとっては、あの二人が筆頭だ。


 救わなければならなかった命に後ろ髪をひかれて、ヒトってのは善良さを増すこともある。罪悪感に突き動かされて、オレは救助活動を行おうとしているのかもしれない。


『ちゃーくちー!!』


 ゼファーが砂に蹴爪を突き立てながら、立ち往生している5人グループの前に降り立った……。


 若い子供とケガ人と……そうか、妊婦がいたな。産気づいてはいないが、臨月に近い腹ではあるよ。さてと、どういう方法で救助すべきかね。




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