第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その70
「……りゅ、竜だ……!?」
「ど、どうして、ここに……?」
立ち止まっていた5人は、こちらを不思議そうに見ていた。ゼファーは、ゆっくりと近づこうとするが……驚かれては困る。我々の意図を伝えておくべきだな。
「オレたちは君たちを救助しに来た」
「きゅ、救助ですか?わ、我々に敵が近づいているのでしょうか!?」
「いいや。そういうわけではない。だが、孤立し始めている。君たちが隊列の最後尾であることは間違いない」
『そーだよー!だからね、ぼくたちが、むかえにきたのー!』
ゼファーはやさしい声を使い、警戒心を持つ5人に語りかけていた。
「あら……意外と、かわいい声なのね」
もうすぐ母親になる女に褒められて、ゼファーは喜ぶ。
『うん!いがいとかわいいって、よくいわれるんだー!』
「うふふ。そうなのね……もっと怖い生き物かと思っていたわ」
「怖くて優しい。気高くて気さく。そういったものは、いくらでも兼ねそろえることが出来るものだよ」
竜の偉大さを分かりやすく宣伝しながら、オレはゼファーの背から飛び降りていた。ゼファーの頭と歩調を合わせるようにして、救助すべき人々の前へとやってくる。
「サポートがいるように見えるが?」
「……そうですね。サー・ストラウス。我々には、サポートがいるかもしれない……皆、それぞれに古傷があったり、持病があったりする人たちよ……私は、身重だしね」
『みおも?』
ゼファーの大きな頭が左に傾いていた。オレはその顎に触れながら、ヒトの世の中についての情報を竜に教えるのだ。
「彼女のお腹のなかには、新しい命がいるということだ。つまり、妊娠……子供がお腹にいるんだよ」
『なるほどー!だから、おなかがおおきいんだね!』
「ええ。そうよ。来月には生まれてくるのよ!」
『そうなんだ!ぼくは、たまごだったから……うまれるまえから、おそとがすこしだけみえたんだー……このこは、みているの?』
「どうかしらね?私には、産まれる前の記憶まではない……ヒトは、そういうものなのよ」
『そうなんだね。べんきょーになったよ!』
「さてと。それでは、君たちを運ぶ算段をつけようと思う」
「それなんだけど、私たちは脚が疲れて動けなくはなったのだけど……『ガッシャーラブル』に行くべきかどうかでも迷っていたのよ」
『どうして?』
「……言いにくいのだけど、このまま戦に巻き込まれて死ぬぐらいなら……東に逃げてみようかなっていう案もあったの……私は巨人族だけど……ケットシーの幼馴染もいる」
「東の山賊たちに、ツテがあるというわけだな」
「ええ。そうなのよ。だから、合流して……そちらに拾ってもらおうかとも考えている。東の山賊たちってね、共通の友人がいれば、なれなれしいぐらいにやさしいのよ」
「……ふむ。そうか。だが、この辺りは戦闘に巻き込まれる危険もあるのだ……『ガッシャーラブル』に向かわないか?」
「……そうね……皆、どうしようか?」
「ワシは、どちらでもいい。そう長くはない寿命だ」
「私は……多数決に従いたい。東に逃げるに一票です」
「ボクは……このまま連れて行ってもらえるのなら、『ガッシャーラブル』に行きたいよ」
5人の疲れた人々は、小さな会議をしていた。時間はかからないだろうからな、じーっと彼らを観察しているゼファーのほほをナデナデしているうちに、結論は仕上がっていた。
「サー・ストラウス。多数決の結果、私たちは『ガッシャーラブル』に向かいたいと思います……でも、歩けないのよね」
「そこは大丈夫だよ。ゼファーに……竜に乗るといい。臨月でなければ、問題もない。馬よりもやさしくは飛ぶぞ」
「そ、そうね……っ。りゅ、竜に乗るの……?」
「刺激的な体験だろうが、やさしくエスコートする……一瞬で、『ガッシャーラブル』に到着する」
「……ビビっている場合じゃないわよね……乱世で、母親になるんだ」
若い女はその大きく偉大なお腹をさすり、砂漠を吹く風につぶやいた。
「父親は?」
「……死んだわ。『イルカルラ血盟団』の戦士だったの」
「そうか……ならばこそ、なおさら生き残らなければな……『ガッシャーラブル』に向かおう。竜の背に乗ってくれ……ああ、ギュスターブとマルケスは、ゼファーの脚にしがみつけ。背中を開けてくれよ」
「もちろんだ。妊婦にはいい席をあげるもんだ!」
「まったくだね……ラシード。彼女を支えてやるといい」
「分かっている」
『じゃあ、のってねー!!』
ぼふん!と音を立てて、ゼファーは地上に腹ばいになる……顎の裏まで砂につけてしまっているよ。できるだけ妊婦が背中に乗りやすいように下げている。紳士だな。こういう騎士道こそが、竜の魂であるべきものだ。
もちろん。ゼファーがそれだけ協力してくれるのだから、『ドージェ』で竜騎士であるオレだって献身的な行いに走るのさ。妊婦の背中と骨盤を支えるようにしながら、ゼファーの背へと上がる手伝いをする。
「私の手につかまれ……」
「ええ。ありがとう」
ラシードは寡婦となってしまった部下の妻の手を引いて、竜の背へと誘っていた。
「……君の夫の名前は?」
「バンディル」
「……ああ、バンディル……いい射手だったな。『ザシュガン砦』の戦から、戻れなかったか……」
「ええ。あなたは、夫を知っているの?」
「知っていたよ。彼には、何度も助けられた……」
「あなたは、誰ですか?」
「ラシードという。ストラウス卿の……『パンジャール猟兵団』の戦士だ。昔……この土地を旅したことがある男だ。そのとき、砂漠の戦士たちと知り合った」
「……そう。夫が勇敢だったことを知っている人と知り合えて、うれしかったわ」
ラシードは戦死者への祈りなのか、何か胸の前をたたきながら、何度か頭をうなずかせていた。
「サー・ストラウス。全員、乗ったぜ?」
せかすようにギュスターブが主張する。オレは、頭を縦に振っていたよ。
「そうだな。それでは、『ガッシャーラブル』に向かうとしよう……ゼファー、やさしく飛ぶぞ」
『うん!きたからくるかぜに、ゆーっくりと、のるー!!』
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