第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その68


 『新生イルカルラ血盟団』の目の前に、ゼファーは着地する。


「ドゥーニア姫!!」


 ナックスが叫びながら馬を走らせて来たよ。馬は少しばかりゼファーに怯えてしまい、その足の動きを止めてしまうが、ナックスはその背から飛び降りて、こちらに駆け込んできた。


「ご無事でしたか!?」


「当然だ。あれだけ大きな声で叫び回っているのだからな。状況はこちらの有利に働いているぞ」


「では、メイウェイとも『太陽の目』とも同盟が成ったわけですね」


「ハッタリで叫んでいたわけではない。ともかく、まずはゼファーから降りるとしよう。ありがとう、ゼファー」


『うん!』


 ドゥーニア姫が地上に降りる。戦士たちの一人が連れてきた馬に向かって、歩き、ドゥーニア姫はその背に飛び乗っていたよ。


 心配性のナックスは、ドゥーニア姫の体力あふれる軽やかな動きを見ることで、ようやく安心することが出来たらしい。はああ、と大きなため息を口から吐いている。


 心配性というか、苦労性というか。乱世で砂漠の戦姫をサポートする役目を任されたら、誰だって彼ぐらいの気苦労を覚えるようにはなるのかもしれないな。


 ため息を吐いた男は背伸びをして、緊張感を取り戻す。こちらを見たよ。疲れた瞳ではあるが、その口元はゆるんでいた。


「……ありがとうございます。サー・ストラウス」


「ただの護衛さ」


「いいえ。あなた方がいなければ、このような状況はなかった。感謝します」


「感謝するのは勝ってからでいい……まずは、皆を休ませなければな。強行軍が続いたせいで、体は疲れ果ててしまっているのが、上空からは露骨に見えたぞ」


「ええ。遅れているメンバーには、幹部級の戦士たちがついて励ましては来ましたが……姫の言葉のおかげで、皆の足に力は戻ったはずです」


「とにかく。今は一分でも早く、皆を『ガッシャーラブル』に入城させて、休ませなければならない―――入城すれば、僧兵たちが作ってくれたマンサフが夜食に待っているぞ」


「……彼らの料理は、美味しい。きっと、我々の力となります……『ザールマン神殿』の一見で、家族同士であったとしても旧・武国軍である『イルカルラ血盟団』と『太陽の目』の僧兵として、離れ離れになっていた者たちもいるのですが。これで……ようやく」


「全ての力が参加するんだ。必ず、勝てる。そのために、戦士たちを移動させよう……隊列を崩してもいい。速度重視で、体力のある者たちからでも先行して『ガッシャーラブル』に向かわせてくれ。敵は、周辺にはいない」


「そうしましょう!ドゥーニア姫!!」


 ナックスが駆け足で上司のもとへと向かったよ。そうしているうちに、オレが迎えに来ていた二人の戦士たちが姿を現していたよ。


 ギュスターブ・リコッドとラシードだ。馬に乗った二人は、ゼファーに近づきながら手を振っている。


「サー・ストラウス!お帰り!」


「ああ。こちらはどうだった?」


「いろいろなヤツと話したりしたな。坂道に苦戦する年寄りの背中を押したりしていた。ドワーフのガキどもをオレは指揮して、小隊長と呼ばれた」


「そいつはよかったな」


「いい思い出だ。ガキが作りたくなったかもしれない」


「誰とだ?」


「……実は、オレの妹と血がつながらないことが発覚したんだ」


「そうか。ときどきあることだな」


「血がつながらないと思うと、変な感情が生まれてはいるんだよ……」


「妹は素晴らしい存在だからな」


「……なんか怖い言葉を聞いた気がする。でも、わからなくはないかもしれない。あんまり美人じゃないけど、慣れていて居心地がいい」


「……フフフ。戦場でも男は恋を求めるものだね」


 四十路の色男が満足げにうなずきながら、そんな言葉を語っていたよ。


「私の経験上では、戦場では女性よりも男のほうが恋愛体質だよ」


 何となく身に覚えがあるような気もするな。リエルが引くほど迫ったこともある。その記憶を忘れてはいない。


 本能は止まらないからな。若い男ってのは、いつだって女が好きなわけだし?


「全軍、立ち止まるなッッ!!『ガッシャーラブル』に向かって、急げッッ!!」


 いつの間にか馬に乗っているナックスが、『新生イルカルラ血盟団』の戦士たちにそう叫んでいたよ。


「……我々も移動を開始しようじゃないか」


 ラシードがそう告げてくる。オレは同意を示すためにうなずいた。そして、告げる必要がある言葉を口にする。


「ラシード。ドゥーニア姫には、伝えたぞ」


「……そうか」


「ダメだったか?」


「いいや。いい。彼女は知っておくべきだろう。本来は、私から言うべきであったかもしれないが……どうあれ、言わなかったとしても、有能な女性だ。どうせ気が付いていたか」


「薄々はな」


「……やはりか。少し、うれしいよ……からかわれてもいたようだがね」


 さすがは師匠だな。彼女の声にや態度に宿った感情を探れたようだ。


「ドゥーニア姫は、そのおかげでストレスを幾分か緩和することが出来ていたぞ」


「ああ。そのように私の目からも見えた。ストラウス卿は、あいかわらず良い仕事をする……」


「ああ、猟兵だからな」


 自信を見せるために笑顔になる。自然とな。自慢したいのさ、オレたち『パンジャール猟兵団』の力をな。


「では、ギュスターブ、ラシード。馬を誰か他の者に与えてやるといい。我々はゼファーで移動するぞ」


「おう。ラシードさん、オレに任せてくれ。馬をドワーフたちのところに持っていく!」


「うむ。彼らは……大穴集落の襲撃でも傷ついている。馬を与えてやるべきだな」


 ラシードはそう言って馬から巨人族の体重を解放してやっていた。


 ギュスターブはラシードの馬の手綱を取ると、そのまま馬を走らせてドワーフたちへと馬を私に行ったよ……ドワーフ族だから、ドワーフたちのことは気になってしまうよな。


 ドワーフの子供たちと知り合ってしまったというのならば、なおさらのことだろう。ドワーフに馬を与えたギュスターブが、意味なく楽しそうな顔になりながら、こちらを目掛けて走ってきていたよ。


「ゼファーに乗れ」


「おう!」


 ギュスターブとラシードをゼファーの背に乗せて、準備は完了だ。オレたちにはすべきことがある。


「ソルジェくん。最後尾を含めて、飛び回るべきだぞ」


「ああ。わかっているさ、アインウルフ。見捨てられているような気持ちにはさせない……遅れている連中も、ゼファーに上空を飛ばれれば、守られていると安心することが出来るはずだ」




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