第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その53


 褒められたメケイロは顔を赤らめていたのかな。そこまでは確認しちゃいない。集中しているんだよ。前にな……前方斜め上に向かって続く階段をゆっくりと登りながら、もしものときに備えていた。


 背中にときおり視線を感じるな。そして、足回りの動きに対しても。メケイロはオレから動きを学び取ろうとしているのかもしれない。リスペクトというよりも、自分の糧になるんじゃなかろうかと観察する。


 人間族の動きを知ってもサイズが違い過ぎるから、自分の動きには参考にならない……という考え方はあるだろうが。オレはそうは思わない。どんなヤツの動きでも採取して行けば、平均化して『道理』ってモノが見え出すもんだと考えている。


 ヒトはけっきょく、似たような動きをしてはいるんだからな。大ざっぱに、あらゆる動きを学ぶべきだ。そして……聞き耳も、視覚も、嗅覚も使う―――何が、敵を気取らせてくれるかは分からないものだ。


 幸運に恵まれれば、わずかな兆しで完璧な隠遁を行っている者の姿さえも見つけ出せることもある。今のようにな……。


 ……パニックを起こす必要はないからね。オレは、立ち止まることもなく、その名前を呼ぶのさ。


「キュレネイ!……状況報告をしてくれ!」


「了解であります」


「……え?いるのか、お前の仲間が?」


「ああ。いるよ。驚くな。彼女の隠遁術を見破られなかったとしても、何の不思議もない。そして、それを恥じるなよ」


「……格上ってことを、認めるよ……屋根裏に隠れていたヤツだろ?その、キュレネイって野郎は」


 そうだけど。誤解があるようだな。オレが否定するよりも早く、音も気配も消したまま、キュレネイ・ザトーのルビー色の瞳と、サラサラと体の動きにさえも応じて揺れる、可憐な水色の髪……あと、色々と控え目なボディがすぐ近くまで駆けて来る。


「野郎ではないであります」


 無表情な美少女フェイスから、メケイロに対する文句はつぶやかれていたよ。


「お、女の子なのかよ……ッ」


「イエス。団長の忠実なるメス犬、キュレネイ・ザトーであります」


 ペコリ。闇のなかで『パンジャールの番犬』は、誤解を与えそうなタイプの自己紹介を行っていた。


「……ソルジェくん。モテモテだね」


「……穢らわしいな。犬だって?」


「……蛇神の嫉妬を招くだろう」


「どいつもこいつも誤解しやがって。オレとキュレネイはそういう仲じゃない。そうだよな、キュレネイ?」


「イエス。ご主人さま」


「ボケるんじゃねえよ。誤解の傷口が開いちまうだろうが」


「そうですな。戦況を報告するであります」


「……ああ、頼む」


 まあ、これだけ楽しそうなのだから、緊急事態というわけではないさ。かくれんぼしている余裕まで見せつけていたわけだしな。キュレネイの目とか表情とか、雰囲気とかを見ていれば、それぐらいは分かる。


「戦況、大いに良好であります。ドゥーニア姫の作戦の通りに、戦場は動いたでありますぞ。そして、メイウェイの軽装騎兵が介入し、『太陽の目』を攻撃していた連中を包囲、攻撃しているであります」


「攻撃したのか」


「メイウェイは選んだのだよ、ソルジェくん」


「……オレたちの仲間になるってことをか」


「不本意かもしれないだろうが、メイウェイはそう動く。部下を死なせたくはない。家族のいないあの男には、昔から戦場を共にして来た仲間こそが全てだ」


 マルケス・アインウルフの言葉にうなずいたのは、オレではなくキュレネイだった。


「イエス。よく働いているであります。あまり時間をかければ、アルノアの有利になることを理解しているでありますな」


「軽装騎兵を突撃させて、殲滅か」


「おかげで、こちらに突撃して来なかったであります。戦況は、そんな状況であります」


「たしかに、大いに良好だな。長老たちは?」


「一所に集めて、僧兵たちで囲んでいるであります。ガンダラとククルが護衛について、私が怪しげなヤツがいないかを探して襲っていたであります」


「獲物は何人仕留めた?」


 うちのキュレネイは、暗殺者を見つけるのだって上手いよ。元・『ゴースト・アヴェンジャー』っていう経験値もあるからな。


 乙女の指は三本ほど立っていたよ。


「三人か……それなりに隠れていたようだ。どうやって見つけた?」


「鋼の臭いがしたでありますな」


「嗅覚か」


「イエス。おそろいであります」


 乙女の指がオレの鼻を押していたよ。無表情のままイタズラされると、何故だか怒れん。怒るようなことでもないからかもしれない。猟兵とのスキンシップは楽しめるよ。


「団長も、私のことを嗅覚で見つけたでありますからな」


「よく分かったな」


「他は闇に融けていたでありますぞ。でも、血の臭いだけは、完璧に消せなかったであります。しかし……」


「しかし?」


 鼻を押さえつけていた指がゆっくりと引かれたよ。ルビー色の瞳は興味深げに、こっちを見上げているな。


「どうして、私だと分かったのでありますか?」


「さあ。何となくかな」


「……総合的な判断でありますか」


「ああ。上手く隠れていて、オレを待ち伏せするイタズラっぽい考え方とか……かくれんぼが好きなところとかな」


「好き……ふむ。私は、きっと、団長に見つけてもらうのが好きなのでありますな」


 無表情のままそう語り、キュレネイはその小さな唇の両端を、ゆっくりと指で持ち上げていたよ。キュレネイ・スマイルを見ながら、オレは微笑むために唇を歪める。


「仲良しコンビだね」


「イエス。名無しのゲストさん。私と団長は、秘密でコッソリと結ばれた、仲良しさんなのであります」




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