第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その52


 蛇神に望まれる日か。


「ククク!まったくもって、僧兵らしくていい言葉だぜ、メケイロよ……さーてと。いい加減、上に戻ろうぜ……ケガ人を、もっと良い場所で休ませてやりたい。じいさん。メケイロに背負われろ」


「……うむ」


「マファラ老。どうぞ」


 僧兵の若者はその見事な体を屈めて、老いたマファラ老を背中に招いていた。マファラ老は細くはあるが、巨人族であるため、そこそこ重たいかもな。紳士的な行動の見せ所ではある。


「マルケス。最後尾を頼むぜ。支えてやれ」


「ああ」


「オレは転けんぞ」


「強敵と戦ったあとってのは、いきなり力が抜けたりするもんだ。しかも、勝っちまったような時はな」


「ぬう……そう、か」


「そんなものだ。だよな、マファラ老?」


「ああ。そんなものじゃ」


「マファラ老まで……ふむ。分かった。フォローしてくれるか、その……マルケス」


「もちろんだ」


 ……どこにでも友情の花は咲くものだな。まあ、立場が異なるだけで、戦士というものは殺し合いをしちまうことだってあるが―――本質的には、どこか共通点を持ちながら生きている。


 ―――酒を呑めば、それだけで敵と味方の境目ってのは消えることもあるのさ。知っているよ、オレも、ガルフの酒に餌付けされちまったタイプだからな。


 戦士ってのは、単純なもんだよな……オレは、血まみれになって転がっている、あの帝国騎士の首を見た。瞳が閉じてあるな。死の間際に、瞳をギュッと閉じていたからな……いつか、あの世で酌み交わしてみようじゃないか。


 騎士よ。オレは君の主であるアルノアのことは大嫌いだがね。君のことは、正直、少しばかり好きなところもある。ではな、あの世で仲間たちと騒ぐがいい。まだまだ、そっちに送り届けてやることになるから、寂しくはないだろう。


 あの世では、アルノア以外の主に仕えるといい。


「……さて、行こうか」


 オレは先頭を歩く。リーダーシップを発揮したいわけじゃない……これは護衛のポジションじゃある。地上では、おそらくあの騎士が期待していた援護は起きなかった。ドゥーニア姫の言葉や、ホーアンの指揮が帝国軍の動きを壊したのだろう。


 北に向かっていた僧兵たちの主力が『カムラン寺院』に帰還したさ。それに、帝国兵たちの士気も、ドゥーニア姫がいれば崩れる。もちろん、反抗したヤツらもいるだろうが、狭い道でゼファーの『炎』に焼かれれば、何も残るものはない。


 少数で狭い道に潜ったところで、リエルとミアの狙撃からは逃れられない。どうにかこうにか落ち着く場所を見つけたと思えば、そこにレイチェル・ミルラの遊撃が襲いかかるというわけだ。そうなれば、問題なく敵を狩り尽くせるさ……。


 それでも、オレはこのポジションにいる。メケイロを先頭に歩かせて、『カムラン寺院』に紛れ込んでいた侵入者の群れに襲わせるわけにはいかないからな。メケイロはご老人を背負っている最中だ。


 巨人族サイズにしては狭い階段は、オレにはそれなりに歩きやすい。降りて来た階段を登っていく……足音と、メケイロの荒れる息がこの場所に響いていた。戦いの疲労と負傷もある。あの騎士は、威力に頼る技巧ではなく、速さで削るような戦い方を好んでいたからな。


 あちこち斬られている。かすり傷の一種ではあるが、出血は体力を確実に奪う。『支配者の本』を探るために、一息つかせたことで、かえって体の負担が蘇ってくるということもある。体は休むと、正直に疲労を現すものだからな。


「はあ、はあっ!……くそ。修行が、足りんな、オレは!」


「いいや。そうでもない。実力を超えて戦えた。修行は十分に足りている」


「そうだね。メケイロくん。君は、十分に修行している。そこまでの強さになるまで磨ける者は少ないものだよ」


 アインウルフもお墨付きを与えた。そうだよな。メケイロは修行不足というわけではない……。


「……じゃあ、オレには何が足りない?」


「葛藤してみるといい」


「はあ!?なんて、頼りにならんアドバイスなんだ……っ」


「ククク!……若いな」


 メケイロはオレのストレートな助言を受け止められなかった。そういうのは、おそらく若さだと思うよ。


「……オレとアンタはそう年が離れていないとは思うが」


「だろうな。マファラ老に比べれば、皆が赤子と同じ」


「ハハハ。たしかに、そうだね」


「ベテラン風吹かせやがってよ?……でも。まあ、竜騎士。アンタはちょっと年寄り臭いところがあるよな」


「若さと老獪さは併せもつことが可能なんだよ。オレは、そういうタイプのお兄さんだ。だからこそ、強いんだよ」


「……はあ?何を言っているんだ?」


「『矛盾』ってのを併せもてるようになれば、戦士は『達人』と呼ばれる。技巧の合理を越えて、適当に組み合わせながら戦えるのは、凡人にはムリだ。マネしようとすれば、かえって下手になる」


「……オレは、凡庸だと?」


 自分を知らない若者は、可能性にも迷いを抱ける。ホーアンは、近くにこういう魅力あふれる直情的な男をそばに置いていると、日々を楽しく過ごせていそうだ。


「とんでもない。メケイロ、お前は才能がある。得がたい才能がな。だから、迷うといい。迷うだけ、お前は自分の形を洗練させていくよ」


 『太陽の目』の道を歩むだけでも十分に強くなれる。技巧の欠点を克服するだけのポテンシャルはある。今のまま技巧を磨けば、それだけで達人になる……もちろん、それ以外の道を混ぜても、やがてはモノにする。


 新しい流派を作れるぐらいの器はあると、オレは見ているよ。それを本人が受け入れるかどうかは分からんし、納得しないかもしれないがね……無粋なまでに純粋な槍を見せてくれたからな。己の発展形にすら、拒絶反応を示すかもしれん。


 どうあれ、迷うべきだ。才在る器用なものはな……。


「……迷う……か」


「フフフ」


「ま、マファラ老?」


 悩み方とかも知らなさそうな男の背中で、老人は笑っていたよ。


「……竜騎士殿は、なかなかにお優しい方じゃ。我々の指導であれば、この若い僧兵にアドバイスも送ることはない」


「僧兵の修行としては、オレの答えはサービスし過ぎか」


「ある意味ではな……だが。要るのかもしれない。乱世になってしまった……伝統だけでは、純粋さだけでは、才能を殺すことになるやもしれん」


「……それはそれで魅力だぞ。オレは、メケイロの戦いで、『太陽の目』の槍の神髄の一端を感じられた気もするからな」


 純粋なものが、弱くなる時代―――乱世というのは、武術の伝統を壊そうともする。武術は実用性だけではなく、伝統的な考えや哲学をも体現するもののハズなんだがな。実用性ばかり追いかけて行くのも、無粋じゃあるようにも思える。今は、きっと良い時代ではないのさ。




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