第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その54
名無しのゲストさんと呼ばれたマルケス・アインウルフに、僧兵メケイロは視線を向ける。
「アンタ……『パンジャール猟兵団』ではないのか?」
メケイロだけでなく、その背中にいるマファラ老も白濁した瞳をアインウルフに向けていた。どちらの瞳にも、敵意は感じられないから不安は覚えない。
視線を集めてしまった顔を隠した男は、肩をすくめるような動作をして、大なり小なりある緊張感を緩和していたよ。所作だけで空気を変えられるような紳士の技巧というものを、あの四十路の男は持っているようだ。
「じつは、それなりにワケありでね」
「……そうか」
「私の正体が気になるかな、メケイロくん」
僧兵メケイロは否定の動きを首にさせていた。メケイロは選んだのだ。帝国騎士との決闘の最中に、セコンドをしてくれた男のことを信じる道をな。そういう判断を、オレはもちろん好むよ。
「今までのオレなら、追求したくなるところだ。けれども、今のオレは、何だかそれでも許せるような気がする。疲れているのかな?」
「疲れてはいるだろうさ。だが、それも成長の一つだと受け入れるといい」
「イエス。成長過程にある青臭い若造なのであります」
「そうかもしれんが……言葉にされると、少し傷つくな」
「……他人の言葉にそう容易く心を乱されるものではないぞ、メケイロよ」
老練な僧兵の訓示の言葉は青年の心に緊張をもたらした。自分よりも強い敵と戦い、勝利した男にありがちな、気の緩みというものを正したいようだ。フランクなメケイロをオレは嫌いじゃないが……僧兵としての毅然さを失うことは、メケイロを弱くする。
何よりも、メケイロの哲学として、それはあまり似合うものではなかった。
「は、はい!すみません、マファラ老……砂漠に潜む蛇のように……不動の身と魂を宿すようにいたします!」
とはいえ、僧兵メケイロはマジメ過ぎるところがあり、権威主義者のようにも感じもするな。上位の者にはやたらと丁寧で、それ以外には、少しばかり攻撃的だ。キュレネイは、そんな青年のことを腕組みしながら観察していた。
「ふむ。ユニーク極まるガンダラよりも、はるかにカタブツでありますな」
「ん?……ユニーク極まる?ガンダラがか?」
「イエス。爆笑を操る、ユニークな男でありますぞ。ハハハハハハ」
感情のこもっていない、いかにもわざとらしい笑い声を通路にこだまさせるキュレネイがいた。
ジョークなのだろうよ。それとも、ガンダラはオレが不在なときは、いつでも周囲に爆笑を呼び起こしているのだろうか…………いや、ないね。それだけは絶対にない。
「さてと、冗談はさておき、上に戻ろうぜ」
「冗談ではなく、ガンダラはユーモアの化身でありますが、急いだ方が良さそうでありますな。ご老人は、負傷している模様であります」
賢いキュレネイ・ザトーのルビー色の瞳は、マファラ老のダメージを分析し終えていた。
「いいや。ワシは軽い傷だよ、不思議な魔力を持ったお嬢さん。年を取っても、蛇神ヴァールティーンの僧兵は、そう簡単にはくたばらないものだ」
「なるほど。しかし、老人をいたわるのも若者の務め。未熟者め、とっとと歩くでありますぞ」
「お、オレのこと……だよな?……まあ、この中で一番、未熟者だろうし……」
僧兵メケイロはからかい甲斐のある人物だとキュレネイに認識されたのかもしれない。とっとと歩けと命じられた青年は歩き始めるから、彼の邪魔をしないように、オレとキュレネイも階段を並んで歩き始めた。
「いい人材であります」
「……あまりいじめてやるなよ。凄腕に育つ予定の男だ」
「楽しみでありますな」
「本当にな」
「……本人を目の前に、そういうハナシをしないでもらえないか?」
「未熟者よ、照れているでありますか?」
「照れているというか、なんだか、くすぐったくて、居心地が悪いんだ」
「未熟者であります。もっと修行し、いつ何時も平常心を崩さずに行動できるようになるまで特訓すべきですな」
「そうかもしれんが……どうして、アンタはそんなに偉そうなんだよ?」
「キュレネイ・ザトーだからであります」
ムチャクチャな返事だったが、メケイロは押し黙るしかなかったようだ。キュレネイ・ザトーとは何なのか?……初対面であるメケイロには分かるはずもないからだ。
「……副団長とかなのか……?」
いかにも権威主義者的なつぶやきだった。役職や立場を重要視し過ぎるという発想は、メケイロらしさに輝いてはいる。
「副団長?……ふむ。よい響きでありますな。うちは誰でありますか、団長?」
「ガンダラかロロカ」
「なるほど。副官殿たちであります」
「面白味のない答えだったか?」
「イエス。しかし、納得であります。二人とも人生経験が豊富。爆笑王と、おっぱいでありますから」
……うちの二大頭脳が面白い人たちみたいに言われちまったな。いや、二人とも魅力的な面白い人物だけどもね。
「……お前たちは、一体どんな集団なんだ?」
「未熟者よ、よく聞くがいい。我々は最強にして無敵の戦闘集団であります」
「……そして、爆笑王とおっぱいの方が副団長なのか?」
「イエス。愉快な集団でもあります。私は、『パンジャール猟兵団』にいると、こんなに笑えるのであります」
無表情のまま、キュレネイはオレを見つめて来る。いや、口の両端を指で上げて、キュレネイ・スマイルを見せているけど―――。
「―――オレじゃなくて未熟者に見せるって流れじゃなかったのか?」
「未熟者には、もったいないであります」
「……キュレネイの笑顔はオレのものか」
「イエス」
闇のなかで真っ直ぐと見つめられるか。何だか、告白でもされているみたいだ。オレは可愛げのある部下の頭をナデナデしてやったよ。
「……神聖な寺院で、しかも戦闘の最中で、いちゃつくってのはどういうもんだろうな。『パンジャール猟兵団』ってのは、強いケド……ちょっと変わり者が多すぎるのか、マルケス?」
「私が知る限りでは、ユニークな人物が多いよ。戦いの腕は素晴らしいがね。変則的で……攻め方を読み切ることは出来なかった」
「……まるで、戦ったことがあるような物言いだが…………今のは、言わなかった方が良かった言葉だったのかな」
「空気を読めないところが未熟者でありますな」
「……それは、すまない。今後は努力しよう」
「ふむ。ガンダラにはない面白さがあります」
新しいオモチャを得たぞ!……キュレネイの無表情からだって、オレは彼女の心を読み取れた。
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