第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その47
「……なんだい。見たら分かると思うけど、死にかけているんだけど?」
「死ぬ前に、情報をくれないか?」
「……いやさ。言うとでも、思ったのかい」
「ククク!そうだな、じつは、大して期待しちゃいないよ……だが、ものは試しだ。聞いてみよう」
「物好きだね……好きにすればいい」
「お前は何を狙っていた?……『古王朝のカルト』とやらにまつわる品か」
「……伯爵の騎士の誰かから、命令書を奪ったか……ドジなヤツがいたようだな。君のような恐ろしいモノに挑む前には、敗北したときのことも考えるべきなのにね」
「ずいぶんと評価してくれるな」
「……できれば、君と戦ってみたかったかな。隻眼で赤毛の竜騎士……まったく。もっと有名な剣士に殺されたかったよ」
「介錯してやろうか?」
「……君、尋問相手を殺すのかい?」
「お前は介錯するに値する男ではある。いい腕だったぞ」
「……当然さ。負け知らずだった……道場でも、戦場に出ても……こういう仕事をするようになってからでも」
「そこまでアルノアに尽くすか」
「……そういう家に生まれた。騎士なら、分かるだろ?……君も、そういう立場だったんだろ、ガルーナとかいう小さな国が滅びるまでは」
「詳しいんだな」
「……有名だよ、君はね。あちこちで暴れすぎた……賞金の額、スゴく上がっているよ」
「それは楽しみだな。傭兵の連中に追い回されるようになる」
「……余裕ぶりやがって……でも、らしいって感じだよ。帝国に逆らう、バカなヤツらってのは、そんな性格じゃないとやれないんだろう……」
「まあな。楽しい日々を過ごしているぞ」
「……ふん」
そろそろ出血が限界なのだろう。メケイロがつけた頭の傷からも、オレが叩き斬ってしまった腕からもな……意識がもうろうとしてきている帝国騎士を見ていると、少しばかりあわれにも思えてくる。
……情報を吐かせられる可能性は少ない。まあ、『古王朝のカルト』に対して、アルノアも、そしてこの宝物庫で回収したアイテムの貢ぎ先である『皇太子レヴェータ』は、本気ってことは分かっただけでも良しとするか。
アルノアにもレヴェータにも、そのアイテムが渡ることはないのだから……。
「うう……っ」
「さて―――」
―――殺してやるか。そう考えて、竜太刀を構える。ヤツはもうオレの気配も読めなくなっている。殺気にも反応できないか……意識があるだけでも奇跡的ではある……。
首を刎ねるために腕を動かそうとした瞬間、アインウルフがオレの動きを制していた。
「……何のつもりだ?」
「……私に話をさせてくれ」
「……分かった。介錯もお前がしてやるといい」
「ああ」
アインウルフは、虚ろな瞳になりつつある帝国騎士の目の前にしゃがみ込む。そして、ゆっくりと言い聞かせるような言葉を使う。
「……私が分かるか、ヴァンダール流派の使い手よ。私と同門だが、君はルセインの技を感じさせる」
「…………何者だい?」
「ルセインに馬を送ったことがある男だ。あの葦毛の馬を、あいつはとても気に入っていたが、まだ乗っているのか」
「……まさか、貴方は……っ!?」
「私が誰か、分かったようだな」
「……どうして、貴方が、こんなところにいるんです……?しかも、帝国の敵と行動を共にしているなんて……っ」
「君には分からない哲学ゆえにさ」
「……本当に、世の中ってのは、ワケ分かんないよ……っ」
「そうだね。さて、君に一つだけ訊きたいことがあるんだ」
「……なんですか?きっと、答えませんよ?」
「アルノア伯爵に関わることではない。皇太子殿下についてだ……彼は、どんな組織を作り上げているんだい?……皇太子殿下のことを、話したとしても、君の忠誠心に傷がつくことはないはずだぞ」
「……まあ、たしかに……そうなのかもしれませんね。べつに、彼に仕えているわけじゃありませんから……それに……彼は……あまりにも、いかがわしい」
いかがわしい、か。たしかに『古王朝のカルト』とやらにハマっている男に対しては、相応しい評価かもしれんな。
「君は、皇太子殿下を支持してはいないようだね」
「ええ。彼は……邪教徒です。陛下と帝国の価値観とは、あまりにも違う思想を持っていますよ…………今日、敗北して、ただ一つ良いことがあるとすれば……伯爵閣下から、怪しげな力を遠ざけられたということですね」
アルノアはレヴェータとの蜜月を望んでいるようだったが、レヴェータという男はかなりの奇人なのかもしれんな。アルノアへの忠誠心が高いこの男が、警戒して、嫌っているか。
「……古の時代の力なんかに、あやしげな異教の神々に、頼る必要なんて……ないと思いますよ…………」
「君は、カルトの品を持っているのか?」
「……ええ……ありますよ。死体になったら、どうせ、漁るんでしょうから……ああ、そうか……ひとのこと言えないや……情報を、あなたたちに渡してしまう……」
「アルノア伯爵に累が及ぶことではないよ。君は、忠誠を全うした……では、さらばだ」
「……ええ……たのみます……もう、くらくて、さむくて…………」
アインウルフは剣を振り、若い騎士の首を斬り落としていた。ほとんと心臓が止まりかけていたせいだろう。血が吹き上がることもなかったな。
「……終わったね。一仕事だが……」
「ああ。彼の遺体を探るとしよう……呪いがかかっているかもしれんからな。オレに任せてもらおう」
「わかった」
オレは帝国騎士の遺体を探る……それはずぐに見つかった。ヒトの血を吸って、魔力を高めるアイテム……そんな不気味なものを、アーレスの魔眼が見落とすはずもないからな。
血をべっとりと吸った書物を、オレは遺体の懐から取り出していた。
これが、彼らの探していた品らしいよ。まったく、こんなもののために、ヒトが死ななければならないとはな……。
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