第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その48


 オレはその邪悪な品を魔眼で見つめて確認する。


 帝国騎士の血を吸い上げて、魔力を高めてはいるが……呪術の類いはかかっていないようだな。


 蛇神の宝物庫に長くあったおかげで、聖なる力でも働き、そのせいでブックカースが解除されたのか。あるいは写本だから呪いはかかっていないのか……もしくは、オレの『呪い追い』を組み上げるための情報が少なすぎるかもしれん。


 とにかく、不用意にこの邪教の本とやらを開く気にもならないな……情報収集のために、確認してみるか。


 オレはメケイロにつきそわれて、壁を背もたれ代わりにして座らされている老僧侶の前に向かう。白内障でやられている瞳は、ゆっくりとオレの方を向く。揺れる炎の下で見るその瞳は、お世辞にも可愛らしくはない。幼子が見たら、ビビって逃げ出しちまうほどの迫力はあるだろう。


 大人で猟兵のオレはビビらない。その場にしゃがむと、じっとこちらを……いや、オレの手が持つ本に視線を向けているな……。


「……じいさん。いや、マファラ老……一応、確認するが、この本が『古王朝のカルト』にまつわる品というヤツか?」


「……そうだ。忌々しい……邪教の品じゃ……」


「竜騎士よ、敵はそんな本を狙って襲撃してきたというのか……?」


 メケイロには信じられないようだ。彼の目にも、この不気味な本が価値あるようなものには見えないのさ。異教の祭祀を記した本……あやしげな呪いやら、気の狂った儀式の方法やらが載っているだけの、サイテーな本じゃあるからな。


「ああ。そのようだ」


「……帝国の連中は、何を考えているんだ!?……オレは、もっと理性的な集団であるかと勘違いしていた……皇太子というのは、皇帝の息子のことだろう!?そんな男が、邪教の品を求めて、あれほどの騎士を死地に送るのか!?」


「正確には、彼はアルノアに仕えていたがな。アルノアは、ここに派遣した騎士たちの命を危険に晒す価値を、この本に認めていたことは事実だ」


「見返りを、期待してだろ!?」


「そうだ。帝国の皇太子レヴェータは、『古王朝のカルト』にハマっている。そいつに媚びるために、彼らの作戦は実行された」


「……気分が悪くなる!……オレは、殺された仲間たちに、そんな報告をしなくてはならんというのか!!」


「仇を討ち取り、誇りと宝を守った。それこそが、お前の得た勝利の意味だ、メケイロ」


「誇りに思えというのか、この事実を……ッ」


「誇るに足る仕事ではあったからな。お前は、僧兵の技巧を使い、強敵を倒した」


「……だが……気持ちは晴れない」


 ……分かるよ。そいつは当然の反応と言えるだろう。ヒトは、可能ならば価値ある死に方をしたいと願うものだ。蛇神ヴァールティーンの聖なる宝が狙われていたというのなら、僧兵メケイロは、もっと晴れた顔をすることが出来たのさ。


 だが……現実というものは、ときにシビアで、我々の祈りを無下にするんだよ。おそらく、この勝利は無益なものではない。皇太子レヴェータが求めてやまないシロモノであるのなら、無価値なものであるはずがないさ。


 しかし、未だに『呪い追い』を組み上げることが出来ない……この本には禍々しさはあれど、ブックカースはかかっていないのか?


「……中身については、誰も読んだことはないわけか?」


「少なくとも、この30年はな……それ以前になれば、あるいは……好奇心は、誰にも止められない」


「……ふむ」


 ……これだけの情報では足りんか。本そのものを調べてみるか。古い本。何百年前のものかは分からんが、特殊な錬金薬で長期保存が可能なように強化はされているようだ。おそらく、虫がかじれば毒で死ぬ。ヒトがかじっても、似たようなことになるか。


 素材については、この表装は……ふむ。皮だな。何の皮だ?馬か……あるいは。


「マルケス」


「何だね」


「『古王朝のカルト』ってのは、かなり変態的な行いを好むのか?」


「倒錯したセックスを好むともされるね」


「貴族どもの乱交パーティーか……」


「あるいは、もっと悪趣味な性だね。とても、この聖なる寺院で言葉にするのは、はばかられるものだ」


 なかなか興味深いが、たしかに僧兵たちの前では下世話すぎるし、ここは『カムラン寺院』の地下だ。意味の無い下品なトークはすべきではない。


「生け贄を好むか、ヤツらは?」


「……噂では、そうだよ」


「……ふむ。ならば、この古い皮は……ヒトの皮か」


「はあ!?……その本、ヒトの皮を使っているのか!?」


 メケイロはおぞましいモノを見る目で、オレの指が握る本を見ていた。当たり前の反応だな。オレも、仕事じゃなければこんなもの触りたくない。


「どうして、それがヒトの皮だと言うんだい、ソルジェくん?」


「騎士の血を浴びて、生き生きしてやがるからかな……」


「私には、そんな現象は確認できないが……左眼の力かい」


「ああ、邪悪さにも偉大さにも定評のある年寄り竜の力を受け継いでいるからね。ヒトの味も、アーレスは知っている……ヒトの皮の臭いも悟るさ。たとえ、それが錬金薬で保存された何百年も前の皮であったとしてもな」


 左眼の視界には、血を浴びて喜ぶ皮がいる。死者は生者の血を求めるということか。少し、この本のことが分かって来た気がするな……それでも、なお『呪い追い』は発動しない。


 現状では情報は他に得られそうにないか。ならば、めくってみるか。今さら呪いを恐れるような性格もしちゃいないしな。さてと……っ?


「何か見つけたのかい、ソルジェくん?」


「ああ……呪いを見つけたのさ」


 本を開いた途端、いや開いて行く途中から、『呪い追い』は組み上がっていた。その呪いは……他者を攻撃する類いのものではなく、ただ、本の内側に詰まっていた。なるほど、その理由が分かるな。


 ……ページの全てが、黒い……まっ黒に変色してしまった血で、ページが読めないのさ。不気味な本だな、まったく仕事でなければ、こんなもの焼き払っているところだが。もっと調べなくてはならんようだ。




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