第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その46


「……見事だぞ、メケイロくん!!」


 強者と才能を好むマルケス・アインウルフは、メケイロの勝利に拍手を捧げていた。限界近くの体力を尽くしているメケイロは、その呼吸を荒げていた。


「ハア、ハア、ハア……っ」


 巨人族のサイズの弱点だな。そして、この標高の高い『ガッシャーラブル』で、あれだけの連続技を繰り出せば、あれぐらいは疲れてしまって当然ではある。


 しかし、それでもなおメケイロの体に『太陽の目』の槍術の伝統は揺らぐことはない。倒れ込み身動き一つしない帝国騎士に対して、その槍をじっと向けている。いつでも殺せるようにな……。


「僧兵武術の『型』の通りに動いてみせたか」


 オレの言葉をメケイロはどんな風に受け取ったのか、チラリと一瞬だけ、オレの方を見ていた。もちろん一秒にも満たない時間であり、すぐにメケイロは獲物に視線を向け直す。


「……オレは、そうだな。実戦でありながら……いつもの鍛錬通りにしか動けなかった」


「そうだ。だからこそ、勝てたぞ」


「……ああ。でも。だからこそ、オレはコイツにトドメをさせていない」


「そりゃそうだろうな」


 僧兵たちの武術の鍛錬では、『寸止め』を使っているもんだろう。殺すような動きまではするはずがない。道場武術の悪い癖ではある。殺す動きに手加減が常に伴っている。極限状態では出てしまう悪癖だな。殺せない技巧―――そいつは、時に失望に値する。


 だが、武術の全てが悪いものではない。僧兵メケイロは伝統に頼ることで、格上の敵をも倒すことが出来た。周囲に、性格と口の悪いベテラン戦士たちがいたことも大きいが、運ってのも実力のうちだからな。


「メケイロよ。今の結果を気にしろよ」


「……フツーは、気にするなと励ますものではないのか?」


「オレは君に期待しているんだよ。だから、甘やかさない」


「……手厳しいな」


「そっちの方が、強くなるからな」


 武術にせよ何にせよ、手段と呼ばれるものに多くのものがある理由は、全てにおいて万能な考えや手段など、存在しないからだよ。


 当然だな。


 でも、その当然を噛みしめつつ、ヒトは自己嫌悪や過信のスパイラルを駆け抜けながら、ちょっとずつ強さを上げていく。武術とは、戦いとは、そういう道なのさ。迷う価値はいくらでもある。迷うほど、迷うべきものだということを知れるのだからな。


「……フフフ。まだまだ、オレは甘いのだなぁ」


 汗ばみ疲れた顔で、若き戦士は笑ったよ。もちろん、敵に槍を突きつけたままな。心を1人の敵にのみ集中させる。多対多で殺し合いをしている戦場では、それは全くの役に立たない技巧かもしれないが、今この瞬間ではその技巧は役に立つ。


 状況に応じて、さまざまな手段と考え方を選べるようになるには、メケイロはまだ少しだけ若すぎる。


 そうだとしても、あの自虐だか喜びだか分からん貌を出来たことで、僧兵メケイロは武術の道を確実に一歩、進んではいるのさ。


「……まあ。何にせよ。今は、いつもの訓練通り、そいつを殺さなかったことが幸いするかもしれないぞ」


「……尋問するのか?」


「そうだ。死者よりも、生者のほうが多弁だからな」


 ヤツのもとに近づく。ヤツは、失神している―――フリをしている。いきなり右腕を動かして、オレに目掛けてナイフを投げつけてくる。


 だから?……もちろん、竜太刀でナイフを叩き割りながら、ヤツの右腕を斬り裂いていた。


「ぐううううっ!!」


「……あの距離で、反応するのか……スゴいな、竜騎士」


「嫌いなお兄さんを素直に褒められるようになるなんて、急成長だな青年」


「皮肉を言うなよ」


「……うう、お、オレを、む、無視してるんじゃねええッッ!!」


 頭を叩き割られて、今では右腕の肘から先まで失った男は、オレたちの友情を帯びたトークを気に入ってくれないらしい。


「君が無抵抗なほどに、素直なヤツなら、オレだってこんなに乱暴なことはしないんだがね。蛇神の聖なる寺院の地下で、無意味に血を流すことも無かったんだが」


「……ふざけるなッ。お前なら、ともかく……ッ。巨人族の、腕の悪い若造にッ!……ま、負けるなんてえッ」


「勝敗はすでに正しい。有能な者が勝つ。それを認めたまえ、帝国の貴族であるというのなら、矜持を持ちたまえよ」


 マルケス・アインウルフの諭すような言葉は、やさしいのか?……それとも、死に瀕した男のヤケクソをも許さない、厳しい言葉なのか。どっちなのかは、ヒトそれぞれの判断を下すようなものだろうな。


 だが、この帝国貴族と騎士の忠誠心に誇りを持っている男からすれば、それは一種の救いの道でもあった。


「…………オレは…………そうだな……私は……うん。負けたよ、巨人族。君は、劣等種のくせに、私よりも下手な武術しか持っていないくせに……強かった」


「……褒められた気はしない言葉だ」


「……今の私に、そんなに期待してほしくもないね……頭を割られて、血が止まらない。首も酷く痛むし、全身がおかしい……冷たいね。これって、死の冷たさだろう。私は、血が止まっていないのかな?」


「お前、見えて、いないのか……?」


「ああ。まっくらだ。もう見えない。君に壊されたんだろうね」


「それでも、竜騎士を狙ったか……っ。しかも、あれほど正確に……っ」


「戦士として、見事なことだよ」


 アインウルフは拍手をしていた。帝国騎士は、その拍手を浴びながら、少しだけ微笑む。戦士というのは単純で、持っているものは多くない。鍛え上げた武術の技巧というのは、その一つだよ。


 男がそういうモノを褒められるとね、とっても嬉しいものだ。


 戦士としての共感を血なまぐさいオレたちは自覚しながら……仕事のために口を開く。


「さてと。聞きたいことに、答えて欲しいものだな、帝国騎士よ」




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