第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その45


 追い詰められつつある帝国騎士に、僧兵メケイロの動きは加速していく。疲れているのに、速くなれる理由?……練り上げた慣れた動きをしているからだ。サイズの大きさが活かされている。


 デカいヤツと強いヤツには、ワガママな振る舞いが許されてしまうもんだ。メケイロの巨人族ならではのサイズというものは、それと対戦する者に常にアドバンテージとして機能し続けるのさ。


「その調子だぞ!!技の切れを重視するんだ!!力は入れなくてもいい!!その敵は非力だ!!君の技を受ければ、必ず崩れる!!」


「ああ!!」


「……言いたい放題、言ってくれるじゃないか……ッ」


 アインウルフの低い評価に、刀身をくり抜いた騎士はいらついてしまう。アレほどにイラつかせてしまう理由は―――。


「―――事実だからだな」


 アインウルフは腕を組んだまま、オレの脳裏に浮かんだ言葉と全く同じコトを口にしていたな。


「ククク!!ハハハっ!!ハーハハハハハッッ!!!」


 楽しいぜ。マルケス・アインウルフ。オレとお前のあいだに、一種の絆めいたものを感じられてなあ!!


「……笑うなぁッ!!」


 オレの嘲笑はイケメン野郎の激怒を招いていたよ。荒々しく動き、速さと力を底上げしながら、メケイロの使うサイズとリーチに挑む。メケイロは冷静だった。力任せに襲い来る敵というのは……多くの武術が好む題材の一つであり―――現実で最も想定される攻撃ではある。


 超人的な速さとか、超人的な力があれば?


 そういったシンプルな攻撃が最も強くなるんだがな。しかし、ヒトはそれほど圧倒的な能力を持っていることは少ない。


 とくに、ある意味では残念なことだが、人間族はな。汎用性が高く、何でもそこそこ出来る種族だからこそ……一つの分野に特化した能力を生み出すことには向いてはいない。イケメン野郎の荒々しさが生み出す力も速さも、メケイロのサイズとリーチを呑み込むほどの強さは出せてはいなかった。


 『太陽の目』に伝わる、蛇神の僧兵たちの槍術が精確に機能する。メケイロの動きは、普段の鍛錬をなぞるように完璧に動いていたよ。


 研究していたはずの動きだったろうが、イケメン野郎はその動きに対応しきれなかった。旋風の様に振り回した槍の石突きが、イケメン野郎の顔をかすめた。


 そう。あくまでも、かすめただけだ。直撃ではない。研究の成果は出ていたよ。とっさの反射で、致命傷を避けた。1センチでも深く命中していたとすれば、脳震とうを起こすほどには頭が揺さぶられていただろうがな。


 ……研究していたから助かった。先ほどまでは、研究していたから不利になっていたがな。因果なものさ、武術の世界に正解などはないもんだ。まあ、勝負を決めるものは威力と速さと精度だけなんだがな。


 あの騎士の敗因は……メケイロを殺すことに必死になれなかったことだろう。そうだ。もう負ける。


 勝敗は決しているんだよ。


 頭を振られた、致命傷ではないが、大きく揺れてしまったからな……重心は崩れる。完全に崩れてはいなかったとしても、イケメン野郎はムダなステップを一歩ほど踏んでしまった。


 ああ、顔が歪む。その失敗に怒りを感じるだろう。そりゃそうだ。同じ立場だったら、きっとオレも同じ顔になっていたさ。


「メケイロくん!!」


「せいやああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 僧兵は歌ったよ。十数年の鍛錬により裏打ちされた一連の攻撃を放つために。三連続の突きを放ち、バランスを崩しかけていた帝国騎士を攻め立てる。騎士は、必死に動いた。運命に刃向かいたかった。敗北が嫌いなタイプなのだろう。


 だが、メケイロも同じことだ。


 劣等感に悩んでいる。そんな伸び盛りの僧兵は、武術の技巧を捨てて、本能的な反射が生み出すスピードに乗って踊ったよ。上手く逃げ続ける。


 1発目、2発目、3発目も避けきった。だが、それでも表情はなお暗いものだった。当然だろう。メケイロは、ついに肩を使うようだぞ。今までは、肩を入れることもなく、槍を振り回していたが、今はその運動を解禁する。


 鎌首をもたげたコブラがそうするように、獲物に目掛けてシンプルかつ真っ直ぐな攻撃を放つ。武術の野暮ったい動きを保てている速さであれば、重心の座った動きであれば。こんな攻撃を喰らうことはない。


 だからこその奥義。


 この技巧はせめぎ合い、限界を自分と敵に強いた瞬間にひねり出す一撃だ。武術の奥義には、こういった地味なものも多く、単品では大した武器にもならないものだが……今、放たれた石突きによる一撃は、鋭くも速くも強くもなかったが、限界を引き出された男を上回る誠実さがあった。


「……くそがあッ」


 プライドがその言葉を口にさせていた。あきらめてなお、自分自身への不甲斐なさへの怒りに吼えたわけだ。嫌いになれない部分もあったよ。だが、さらばだ。


 ドグシャッ!!


 左フックにも似たような軌道?……いや、どちらかと言うと、もっと泥臭い掌による突き出しみたいなものさ。カッコ良くはないがね……それでも、不安定な動作のなかにある戦闘中に、重たく巨大な巨人族の振るう槍の石突きに小突かれたなら、ヒトの体は簡単に壊れるよ。


 アゴの骨が破壊された音が響き、揺らいだ男に対して、僧兵武術の技巧は容赦なく畳みかける。回転した槍の一撃が、帝国騎士の頭を直撃していた。骨が砕けるような音が聞こえたし、実際のところ亀裂が入っていただろう。


 頭部を砕く衝撃は、首とその直下にある心臓へと伝わるように響き、帝国騎士の体をくの字に曲げていた。そのまま、帝国騎士は起き上がれずに、床へと墜落していたな。勝負は、決まっていたのさ。




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