第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その44


 『古王朝のカルト』の写本。何らかの強大な魔導書の一つであると考えられるアイテムだ。そいつを、あのアルノアの騎士は見つけ出しているのかもしれない。


 帝国の『皇太子レヴェータ』は、怪しげな儀式に夢中になっていて、その皇太子への貢ぎ物として、アルノアはその写本を探し求めていた―――ファリス帝国の皇太子が求めるほどの価値があるものなのか。


 それとも、ただの狂気的な趣味が引き起こす見境のない収集癖なのだろうか?


 貴族どもの悪だくみは趣味に根拠をもつ行動も多いものだ。後者である可能性も低くはない。そうだとすれば、我々としては助かるが、現実というものはシビアだ。戦場での火事場泥棒を画策させるほどには、アルノアは重要視している。


 有能な騎士たちを何人も投入している。全員が無事に戻れるような任務ではない。僧兵たちの本拠地に攻め入るのだからな。『囮』役の暗殺者だって、あのまま僧兵たちに囲まれていたら、やがては討ち取られていたよ。


 騎士を使い捨てにしてでも、この任務を実行する価値はあったわけだ。皇太子レヴェータに対して、それほど接近したいと考えているのか。


 何とも、その写本とやらの中身が気になってくるじゃないか。


 ガキイイイイイイイインンッッッ!!!


 僧兵メケイロの槍と、騎士の剣が交差していた。メケイロが攻め込まれ始めているな。不安になるほどのことではない。騎士は全力を出し始めているだけのことだ。それほど、メケイロに追い詰められている証でもある。


「メケイロ、手伝ってやろうか?」


「……私が、コイツの剣に敗北してからにしろ!!」


 援護ってのは、そういうタイミングで行っていたら失格なんだがな。負けるよりも先に援護して、敗北を防ぐべきだが。


 ……まあ、今はメケイロの顔を立ててやるとするか。個人的な興味としても、この戦いを見物することができるのは嬉しいことではあるがな。


「頼ったらどうだい、僧兵くん!?」


「不要だと言った!!」


「負けるんじゃないか、このままでは?私は、本気を出すぞ」


「出してみろ!!それをも越えて、オレは貴様の首を、蛇神ヴァールティーンに捧げてみせる!!」


「……いい覚悟だよ、巨人族くん。劣等種のぶんざいで、なかなかに見事な忠誠心だと褒めておこう」


「余裕ぶるなあッ!!」


 僧兵メケイロの悪癖が出てきていた。熱くなり過ぎているな。槍を横に薙ぎ払うよう放ったが、その勢いは強すぎる。帝国騎士は、あざけるような笑みを浮かべて、槍の強打をくぐるようにしてメケイロに肉薄する―――。


「―――信念だけではねえッ!!」


「……ッ!!」


 腹を斬り裂いてやろうと企んでいたのかもしれないが、そのアイデアは不発に終わることになる。


 僧兵メケイロは咄嗟に身を反らし、浅く入った斬撃を回避してみせていた。巨人族のサイズならではだな。人間族との戦いに慣れすぎている帝国騎士は、メケイロの動きを予想し切れてはいなかった。


 僧兵の服が斬れただけですんでいたよ。もっと、全力で踏み込めば、到達していただろうが。人間族とだけ積み重ねてきたせいで、帝国騎士の剣には対・人間族用の動きが染みついてしまっていた。


「……クソッ」


 おそらく、そのミスがどんな原因で生じていたのかも、あの騎士には分かっている。それぐらいの腕前は持っている男だ。


 集中するほどに癖ってものが出て来るものじゃある。何十万回、何百万回も繰り返して体得してしまった動きは、たった一つに研ぎ澄まされてしまうのだ。メケイロは動きの上では、押し込まれつつあるが、勝機を見出しつつもある。


 あの騎士は巨人族の戦いへの不慣れがあるのさ。集中するほどに、その悪癖に囚われてしまう。修正しにくいものだぞ、そういった動きはな。


 そして。


 腕の劣っているメケイロだからこその有利というのもあるな。メケイロは迷わない。弱者ってのは、常に全力を出し続けるしかない。追いかける者には気楽さがあるものだ。純粋でいられるな。


 格上という自覚を持ってしまうとな。どうしても、肉薄された時に戸惑いが生まれる。プライドが傷つくからだ。心の傷はね、太刀筋を乱すものだよ。肉体的な傷と同様に。


「せいやあああああああああああああああああッッ!!」


 『太陽の目』に伝わる槍術に、メケイロの巨体は躍動する。流派にある弱点など気にすることもないまま、ただただ、基礎に忠実だった。暴れる槍は、騎士に回避運動を強制させる……いいペースになりつつあるな。


「いいぞ。メケイロくん。落ち着いて技を組み立てたまえ!」


「……おう!!」


 ……アインウルフと仲良くなっちまっているな。セコンド役としては、ベテランのアインウルフは持って来いかもしれん。


 メケイロは自分に出せる限界に迫るような動きを続けている。疲労はかなりのものだが、あれはあれで戦士を充実させるものだ。不思議な幸福感を得られるものだよ、全力を尽くせる戦いとはな……。


 だが、メケイロとは異なり、帝国の騎士の顔は歪む。任務を背負っているからだ。この場を出し抜けるとでも考えていたのかもしれないが、どんどん可能性は小さくなっているのかもな。


 ……つまり、何かを待っていたか?……たとえば、地上にいる帝国軍が『カムラン寺院』に対して雪崩込むとでもいう計画があったのかもしれないな。援護を得られると考えていたのかも。


 もしもそうだというのなら、計画は不発に終わった。地上ではドゥーニア姫とホーアン老が上手く帝国軍を牽制しているだろうからな。さあて、そろそろ、追い詰められて来たな。帝国人の騎士殿よ。君は、どんな死にざまを選ぶか考え始めるべきだぞ。




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