第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その39


 マルケス・アインウルフは黙りこくっていた。それがいい。今は、おしゃべりの時間じゃない。集中力を使うべきときだったからな。


 僧兵メケイロは迷いなく走っているが、巨人族ゆえの鈍重さもあるな……とくに竜鱗の鎧を着ていないオレにとっては、全力の7割といったスピードになる。丁度いい。全速力で戦いの場に向かうことは、避けるべきだからな。


 メケイロには注意してはやらない。不必要だ。戦いになれば、最前線はオレが務める。メケイロには悪いが、おそらく彼には荷が重いだろうからな……当然じゃあるが、彼はこの状況にシリアス過ぎるよ。


 自分の家みたいな場所が襲撃されている最中だからな。どうしても感情的になってしまう―――それに、これから先にいるかもしれない戦士は、間違いなくさっきの暗殺者よりも腕利きだ。あれが『囮』なら、今度こそは『本命』だろう……。


 ……僧兵たちがあの暗殺者に圧倒されたのには、実力差だけが問題ではない。『太陽の目』の僧兵武術に対応されていたからさ。武術なんてものは一途すぎるところがある。自分たちの哲学にそぐわない攻撃には脆いもんだ。


 何日か、コッソリと僧兵たちの動きを研究していたのかもな。そうすれば、あの暗殺者の技巧なら、無効化することも難しくはない。ヤツより上の腕前なら、メケイロだって危ないかもしれんな。


「こっちだ」


「……そこか」


「ふむ。質素だね」


 宝物庫がある地下への階段は、それほど飾り立てられてはいなかった。防犯対策としては悪くはないかもしれない。


 しかし、地下の建築に対して優秀さを持っている『メイガーロフ』の建築技術は、ここにも反映されているな。巨人族サイズではあるが、それを考慮すればそれなりに細い。石段と石壁は緻密に組まれていて、石と石のあいだに紙切れを差し込むことも難しいだろう。


 何度も曲がりくねっていた。左にも右にも、ランダムに曲がっている。下から逃げ出すヤツは、これには苦労するだろうな。一気に駆け抜けようとしても、ぶつかっちまうに違いない。


 メケイロは宝物庫の番をしていた経験があるようで、かなり素早くその階段を降りていった。長い両腕を巧みに使い、手の平で壁を押しつけるようにしながら降りていく。パターンがあるのか、それともランダムな左右の順番を記憶しているのか。


 何にせよ、おかげで助かる。


 宝物庫の位置は、かなり深くにあるらしい。竜騎士の鼓膜が気圧の変化に震えるぐらいにはな……そして、嗅覚は物騒な徴候を見つけ出していた。


「血の臭いがするぞ」


「……本当か、竜騎士?」


「ソルジェくんの鼻は、猟犬並みさ」


「褒めるな」


「……くそっ。マファラ老は無事なのか……ッ」


「わからんな」


「急ごう!!」


「……そうしろ」


 そして、戦いはオレに任せればいい。この薄暗い地下では、巨人族の視力は頼りないからな……。


 ……地下の空間がどんな形状をしているのかには、『風』を放ったことで想像がついているよ。地下の宝物庫は、それなりに広く、奥に長いな……そして、細い通風口がある。空気穴さ。地下には、それが無くてはな……灯りを燃やすだけで『風』の魔力が消費されてヒトは死ぬ。


 石壁が分厚くなければ、魔眼で魔力の影を探ることもできたのだろうが―――『風』の反響だけでは、正確な敵の位置関係まではわからん……。


 さてと、仕切るか。


「作戦はあるか、メケイロ?」


「……ない」


「素直だな」


「……腹が立つが、任せる」


「そうしろ。敵はこちらに気づいている。残念だが、この石段は音が反響しやすい。侵入者の足音を知らせるためだろうが、そいつは今、我々に不利にこそ働いているな」


「そうかもな……っ」


「勇気を使いたいところだ。メケイロ、お前は宝物庫の空間に入れば、大きく二歩だけ突っ込め。敵が待ち構えていようともな」


「分かった」


 断言してくれたよ。期待していた通りに。


「突撃することは重要だ。相手の構えを力で打ち崩す。そいつが立て籠もった敵に対しての最短の突破方法だ」


「……向いている。そういう戦いは、オレに向いているぞ」


「ククク。そうだな。だから、推薦している……見事に役目を果たせよ」


「当然だ」


「フォローはオレたちが動く。お前は、盾として敵の陣に飛び込め」


「ああ……ん?」


 メケイロの背中を指でつつき、彼の動きを止める。耳元に口を近づけて、オレは極めて小さな声でつぶやいていた。メケイロは、大きな白い目をこちらにギョロリと向けるが、無言のまま、うなずいていた。


 ……これで、仕込みは十分か。


 さて。聞こえていただろうな?……『風』を放ちながら、会話してやったんぜ、敵サンよ?……巨人族の僧兵が死ぬ気で突っ込むってな……無策のままでいられるか?……『太陽の目』ってのは、死よりも勇敢でないことを恐れるタイプだ。


 そんな風に調査しているのなら、この罠には引っかかるだろ。


 ……宝物庫への階段の終わりが見える。敵サンはよく隠れているが……左右に潜んで、僧兵の突撃に備えているさ。『わざわざ、こちらの作戦が聞こえるようにしてやったんだからな』。『風』を使っても、小さな声に過ぎない。常人ならば聞き逃す。だが、優れた暗殺者であるのなら、聞こえたハズだぞ。


 ……耳を澄まし、呼吸を殺し、気配を隠し―――メケイロの突入にカウンターを用意している。そうでなかったとしたら?……かえって余裕だ。オレは、オレたちにとってのサイアクを用意してやっている。


 だからこそ、罠に引っかかってくれるんじゃないか?……試してやるよ、貴様らの性格の悪さをな……。


「……っ」


 メケイロが集中する。身を屈めて、一気に駆け下りようと力を溜めて、一歩目を強く踏み込んだ瞬間、その場に静止してしゃがむ。暗殺者の影が、視界に入ったよ。そいつは一人。左から飛び出していた。メケイロの突撃に備えて、迎え撃つためにな。


 だが、さっきのは嘘だ。突撃はしないんだ。言葉で誘ったのみのこと。メケイロの突撃を止めようと反応してくれたな、帝国人。


 本命は、コイツだよ。


「うおおおおおおおッッ!!」


 メケイロが槍を投げ放つ。飛び出していた暗殺者は剣でそれを叩き落とそうとするが、反応が遅れたな。こちらは、闇を背負っている。攻撃するには有利だった。槍は、帝国人の腹に深々と突き刺さっていた。


 オレは、もちろん動いている―――連携するのさ。敵は、あと3人いるからな。




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