第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その38
「……あの深い傷を、救命できたのか?」
僧兵メケイロは汗ばんだ顔でそう訊いた。オレは首を動かすこともしないまま、返事をしてやる。
「あとは彼次第だ。元気づける言葉をくれてやれ」
「……っ。そうだな……レイゲ……生きてくれ」
「……メケイロ。がんばるよ…………そうだ……マファラ老だ……」
「マファラ老がどうした?」
「……地下にいる……宝物庫を守ると、手練れを二人連れて行かれた…………」
その発言に反応するように、オレと息が合い始めているアインウルフはお互いの顔を見合わせた。
「宝物庫が地下にあるわけか」
「騒ぎを起こしても、こちらに音が届きにくいかもしれないね」
つまり、とても怪しいということだ。この治療時間の最中も、敵のリアクションがないかについては意識を研ぎ澄ませていたのだが……目立った音はしなかった。アインウルフが『持ち場を離れるな』と言ってくれたおかげで、警備に大きな隙は生まれなかったはずだ。
……マファラ老と、宝物庫か。直感だが、そこに何かがあるような気がしてならない。少なくとも、他の場所を怪しむための根拠が今は薄まってしまっていた。
「消去法での選択ってのは、あまり確実性が無いとは言うが―――」
「―――他に情報もない。行ってみるべきだね」
「……メケイロ。案内を頼めるか?ここには、他に救護者を呼べばいい」
ぎょろつく瞳をこちらに向ける。メケイロはこの寒い『ガッシャーラブル』の夜に、大粒の汗を光らせていた。廊下で燃える壁掛けランプの光の下で、瞬きしない大きな瞳の端にオレンジ色の汗を垂らしながら、彼は沈黙する。
熟考しているな。当然か。だが、猶予を与えてやれるような状況ではない。
「オレたちを宝物庫に連れて行くことに抵抗があるか?……オレたちを盗賊だと思っているのか?」
「……いいや。そんなことはない。だが……規則というものがある……」
「……メケイロ……敵は、悪辣だ……お前でも、きっと、勝てない……頼るんだ」
エルフの秘薬に命の灯火を保たせられている若者が、メケイロを諭すために言葉を使う。腹の傷は痛むさ。オレは痛みを完全に麻痺させるような薬は使っちゃいない。安楽な無意識を渡せば、この若者はそのまま死の誘惑に負けるかもしれないからな。
痛みと苦痛を耐えながら、造血と止血の秘薬が体を癒やしてくれるのを待つしかない。それは、かなりの苦痛を伴う。まして、仲間のために助言を行うときはな……グッタリとしたまま、痛みと戦い続けているだけでも、十分にキツいんだが。いい根性だ。さすがは、蛇神ヴァールティーンの僧兵だよ。
苦しむ仲間の肩に手を置きながら、僧兵メケイロは思慮の深みを顔に宿していた。
「レイゲ……」
「彼らは、頼りになる……共に行け……蛇神は、きっと、この赤毛の男を……我々に遣わせたのだ」
「……いいや。オレは、そんな大層なモンじゃない。だが、君たちの仲間でありたいとは常に願っている」
「……わかった。レイゲの言葉で動かされたのではない。オレが、オレの責任で、お前たちを頼るのだ」
「何も盗みはしないぜ」
「わかっている。勘違いするな。疑っているんじゃない……これは、オレ自身を納得させるための誓いに過ぎん……」
そして、レイゲから責任を取りのぞいてやるための方法でもあるか。
僧兵メケイロの仲間想いな一面を見た。武骨で粗暴、そういうヤツは孤独も知っている。緊急事態には仲間想いの面を発揮してくれることは、多いタイプなんだよな。
そういうヤツは好きだぜ、メケイロ。万人に愛されるヤツよりも、きっと意味の深さがある酒を呑めそうだ。寡黙な無愛想さというのもな、この過酷な『メイガーロフ』の酒には合うだろう。お前は、月のような男だな。
「行くぞ!……オレについてきてくれ、ソルジェ・ストラウス。それに……」
「マルケスだよ。名字は、何でもいい。ただのマルケスだ」
「そうか。マルケス。共に来てくれ。お前たち二人がいれば、賊を排除することができるかもしれん……これ以上、蛇神の宮で、帝国人の暴挙を許すわけにはいかないのだ」
「当然だな」
「もちろんさ。行こうか、メケイロくん」
「……ああ!」
僧兵メケイロは、見知った仲間たちの名前を呼び、救護者を呼び寄せていた。これで、せっかく救命した僧兵たちを放置せずに済む。
僧侶は医学的な知識を学ぶものだ。僧兵ならば、傷や出血の知恵もある―――武骨そうで不器用そうに見えたメケイロも、及第点以上の応急処置をしてみせていたからな。
例外に漏れず、僧兵である彼らの治療術は上等なものだろう……あとは。
「その暗殺者は、あとからオレが荷物を調べる。死ぬための任務に就いていた男だ。おそらく、何も持ってはいないだろうが……オレの魔眼なら、何かを探れるかもしれんからな。そのまま、触らずに放置しておけ……呪いもかかっているかもしれん」
「は、はい!」
「了解しました!」
「急ぐぞ!!宝物庫は、こっちだ!!」
僧兵メケイロは何かから解放されたような軽快な動きをしている。そうだな。共に戦う者のことを疑いながらでは、信仰心に厚い僧兵たちは本領を発揮することはできない。
……僧兵の若い背中を追いかけながら『カムラン寺院』の廊下を走る……マルケス・アインウルフが、黒い覆面の下で笑っていたな。
「……ソルジェくん。君は、なかなかのヒトたらしだな」
「生きているヨメが3人、死せる妻も入れれば4人いるほどだからな」
「なるほど……自由を極めたような生き方だ」
「……アンタは、もっと自由が欲しいんじゃないか」
「どういう意味かな?」
「さて……オレにも分からん。ただの、直感的な言葉だよ、マルケス」
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