第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その40
腹を串刺しにされた男ってのは、色々な行動パターンを取るものだ。そのまま崩れ落ちるヤツもいれば、意外としぶとく立ち続けるヤツもいる。
肉体の損傷具合や精神力にだって結果は依存してしまう。つまり死にざまは一様ではないが、致死性の打撃を与えられた者に、元気で飛び回れる男は極めて少数派だよ。薬物か強い意志、あるいは幸運の結果によって死の影から遠ざかることはある。
……この大柄な暗殺者の場合は、メケイロの突撃に備えていたことが大きいな。巨人族の体躯からなる強烈なタックルを止めるためには、かなり苦労するもんだ。人間族の戦士は横から飛びかかりつつも低い姿勢での接近して、鋼をぶつけるという形が最良だ。
というか、一つしかない。
合理的な選択ではあるが、それだけに利用されるも。罠にかかるヤツはバカじゃない。そこそこ賢く合理的なヤツが引っかかっちまうものさ。合理的なことってのは、いつだって一つだ。予想は容易い。
だからこそ、そのフォームが彼を延命させていた。槍に胴体を貫かれてしまってはいるが、前屈みになっていたことが幸いだな。肉を穿つ槍に、筋肉で圧をかけられている。締めつけた筋肉のおかげで、肉体の損傷は最小限に済んだというわけだよ。
致死性の傷を負ったのだ。これは幸運とも言いがたい状況ではあるが……竜太刀に斬られるという名誉は手に出来たな。
「くそが……」
ああ、世の中はクソッタレのことが多いもんだ。同意するよ。じゃあな、青年。帝国になど仕えなければ、今夜、死ぬことはなかったのにな。
帝国人の首を刎ねつつ……オレは回転する。残りの3人の対応に入っているんだ。待ち伏せをしていたのは1人じゃない。左の大男が飛び出す……僧兵の死角からな。そして、体を使って止めて、次の瞬間には右にいる剣士が確実に僧兵を殺すために襲いかかる。
そういうコンビネーションだったよ。
読んでいる。
『風』で気取った位置関係と、消しきれぬ魔力から嗅ぎ取った気配―――あとは経験値が成せる予測の果てにな。右手から襲いかかって来ていたよ。だからこその回転。ドワーフ・スピン。人間族のオレには、100%の竜巻にはならんが……ギュスターブ・リコッドに触発されている。
オレの回転剣舞だって、捨てたもんじゃない。
暗殺者が差し込むように伸ばして来た細い刀、変速軌道で対応しにくい攻撃ではあったが、回転剣舞のなかで肘を折り曲げることで更なる加速を手に入れる。ドワーフ・スピンは、そういう技巧だ。肘を折り畳んで使うことで、接近戦の器用さも獲得できる。
豪快な動きが雑なものだとは限らんということを、オレは暗殺者の頼りない刀を竜太刀で打ち壊しながら証明する。
ギャギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!
鋼が砕ける。ああ、素晴らしく清らかな歌だと思うよ。そして、銀閃は暗殺者の革鎧を斬り裂いて、その胸元深くを掻き切る―――肺腑と外が交通したな。これで、呼吸は破綻しちまう。腕を絞るための筋肉も、壊されている。戦うための動きは不可能。
もちろん、致死性のダメージでもある。
倒れ込んじまったそいつには、慈悲を与える機会はない。わざわざ、寝転んだ男にトドメをくれてやるほど、オレはお人良しでもないし……今この瞬間は多忙である。ドワーフ・スピンが終わると同時に、突入するのさ。
この宝物庫の奥にいる気配の1人が、こちらに迫りかかってきていたからな。そいつは小細工を用いない。長剣を振りかざし、かがり火の放つオレンジ色が床と壁の石に映える空間で、まっすぐに斬りつけてきた。
好ましいな。
戦術的にではなく、ただの戦士が持つ趣味としてのことだ。まっすぐに斬りつける。その素直さは、何とも好感が持てる剣だ。道場剣術のような純粋無垢。マヌケにも思える素直。ああ、力比べってのは、やはりどこか魅力がある。
ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンッッッ!!!
宝物庫の研磨された壁石は、鋼の歌を反響させるのが好みらしい。オレとその剣士は鋼をぶつけ合わせた。二度、三度とな。正攻法ってのは、技巧を駆使したりコンビネーションなんぞを使った直後にもらうと、かなり不利なもんだ。
ドワーフ・スピンと待ち伏せ破り、そして制圧のための前進と、小忙しい時間を過ごしているトコロでの正攻法ってのは、バランス崩れているから不利ではある。そこを狙っての突撃―――というわけじゃなく、このチームで最も闘志が溢れる男だからの役割だろうな。
道場剣術家らしい。戦場には向かないが限定的な条件下では、その高度な技巧と鍛錬の成果を発揮してくるよ。四手、五手と打ち合ったあとで……ヤツはオレの動きに勝機でも嗅ぎ取ったのか、前掛かりになって突撃を仕掛けて来た。
流派の哲学に則ったのか。
何十回も試合ではそれで勝利を得たのだろうが、少しばかり道場剣術が過ぎるな。いつもより軽いオレは、その前掛かりの突撃に対して膝蹴りを当てていたよ。跳ねるだけで十分。膝はそっと当てるんだ。技巧を使うのは、衝突の瞬間だけ。
めり込み割れる顔面の骨を膝小僧サンにカンジながら、腰を動かし重心を操作しよう。それで十分だ。剣など構えているヤツの首は、ボキリと折れちまう。鋼を装備するということは、不自由を得ることなのだ。筋肉が骨格を固定し、ある意味では壊しやすい。
「……へ、き……っ」
何かを言い残したかったのだろうが、それも叶わなかったよ。首の骨が折れた男はそのまま倒れ込む。剣術で殺してやりたかった気もするが……帝国騎士の主流な剣術の動きは識っている。エサにかかって突撃してくるような純粋さでは、傭兵の剣には勝てん。体力差も大きい。オレには、及ばなかったさ。
素晴らしい剣士を一人、膝蹴りで殺したオレは……この暗殺者どもの正体への推理を終えていた。大して賢さを使っちゃいない直感だがな。それでも、点と点が線でつながる。
「……お前たちは、アルノアの騎士ということか。騎士のくせに、火事場泥棒とはな……恥ずべき行いだとは思わんか?」
最後の敵に、話しかける。
長剣を持った栗色の髪の男だったよ。頭の後ろで、その長い髪を結わえている。女ウケしそうな、オレの嫌いなタイプな美形だったな……。
「……思わないよ。主君の命令には、絶対忠実。それもまた、一つの騎士道だ」
「いいや。真の騎士道が仕えるのは、身分などにではない。『正義』だ。お前は、納得できる『正義』に生きているのか、帝国の騎士よ」
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