第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その37
「早業だったね」
アインウルフに褒められた。まあ、だからといって大喜びするほどの感動は手に入らなかったな。
「ふん。本気でやればこんなものだ。それよりも―――」
「―――おい、しっかりしろ!!」
僧兵メケイロは仲間の死体に駆け寄っていた。金髪の暗殺者に斬られていたのは一人ではない。五人の僧兵たちが斬り捨てられてしまっている……傷のつけられ方からして、やはり痛めつけることを重視していたようだ。
……何のためにか?
悲鳴を上げさせて、オレたちを誘い出すためだ。生きている者は、五人中二人だけだったな。メケイロはその一人に救命措置を開始している。もちろん、オレたちも手伝うさ。
死者から目を反らし、深い傷を負っている僧兵に近寄ってその場に座る―――あの暗殺者が企んでいたことは気になるが、現状では周囲に行動を感じられない。今はこの若者の命をつなぐとしよう……。
深い傷なかりだな。あちこちを痛めつけるように斬撃を受けてしまっている。だが、最も深刻で致命的な傷は、腹の一撃か……あまりにも深く断ち斬られている。普通ならば、まずは助からない。
だからこそ、僧兵メケイロはコイツではなく、もう一人の方の治療を優先しているわけだ。さてと、オレは少しばかり頑張るとしよう。敵の策が動いているかもしれないが、目の前で『助けられそうな命』を放置するわけにもいかん。
「……ソルジェ・ストラウス。彼は、助けられないのでは?」
「そうかもな。だが、挑戦してみようと思ってな」
「ほう。この重傷にか……面白い。私も手を貸そう」
「そうしろ。まずは、仰向けに寝かせるぞ。両脚を持ち上げろ」
「分かった」
アインウルフは巨人族の僧兵の巨大で長い脚を両肩に乗せる……帝国貴族であり、元・将軍なんだがな、亜人種を毛嫌いすることはないか……今さらだな。この男は、そういう男だった。
「巨人族は大きいからね、脚に貯められる血も大きいってことか」
「そうだ。命をつなげる可能性はある……おい、意識はまだあるな?」
「……は、はい……あ、あなたは……」
「しゃべり続けろ。今から、お前の腹の傷に手を突っ込んで、切り裂かれた太い血管を魔術で焼いて接着する」
「……そ、そんなことが……?」
「出来るさ。解剖学を識り、竜の魔眼を持つオレにならな……」
カミラがいれば、出血を抑えてくれるのだろうが……今、彼女は空に上がっている。ドゥーニア姫を連れて、ゼファーと合流しているのだ。悪いが、この僧兵一人のためにカミラの重要な仕事を中止させるわけにはいかない。
さっさと戦闘を中止してもらわなければ、ムダな命が流れてしまう……?
ゴーン!!ゴーン!!ゴーン!!
「……この音は……」
「何の音だ?」
消毒薬で自分の両手を滅菌しながら、青い顔をした僧兵に訊いたよ。力なく微笑む青年は、白い歯の奥から答えてくれる。
「……集合の合図です……」
「そうか。攻め入っていた部隊が、戻ってくれるな」
決断すれば仕事が早いか。ガンダラに急かされているのかもしれんな、ホーアン殿は。これで戦況はこちらに良くなる……リエルとミアとレイチェルが『カムラン寺院』の盾となってくれるからな。
好戦的な帝国兵どもは、こちらに攻め込むための速度が遅くなる……狭い道だ。もしも突撃するというのなら、ゼファーの吐き出す炎に逃げ場もなく焼き払われちまうさ。
「……ソルジェ・ストラウス。彼の意識が……」
「分かってる。消毒は済ませたし……見つけているよ」
「見つけている?」
「切り裂かれた大動脈だ。オレの左眼には完璧に見えている」
解剖学の本を読み漁って得た知識だからな……おおよその位置関係は理解している。殺す時は竜太刀の先端でここを狙って斬ることも多い。戦いのために得た知識ではあるが、今は生かすための知識に転換しているわけだ。
……弱々しい脈だ。心臓からそれほど遠くはない。心臓から出て、勢いよく下降してくる動脈……その一部が斬撃によって斬り裂かれていた。知識の通りだし……魔眼で血の宿った魔力が見えるからな。その部位を頭に思い浮かべることに成功している。
出血が酷いが、巨人族のガタイの良さが生み出す血液量に期待するとしよう。
「腹に手を突っ込むぞ」
「……は、はい……っ」
「痛みはそうはない。内臓は、痛みを感じない。ただ、ちょっと衝撃を感じるだろうからな。気を強く持て、いいな?」
「わ、わかりました……」
「そうだ。蛇神ヴァールティーンの戦士だというのなら、死に瀕していようとも勇敢であれ」
「……あなたは…………蛇神の遣い……?」
「いいや。そんな大それた者じゃない。ただの竜騎士だよ」
「……竜騎士……」
「そうだ。腹に入れるぞ。マルケス!コイツが暴れても脚を押さえてろよ!」
「分かったよ。ソルジェくん」
「3!2!1!」
「ぐええ!!」
傷口から手を突っ込まれた衝撃で、巨人族の戦士は呻いた。脚が暴れそうになるが、アインウルフが全力で止める。
……素早く行こう。温かくぬめりけがあり、そして脂肪のやわらかさに満ちた腹の中にいつまでも武骨な戦士の手を突っ込んでいるわけにもいかん。それだけで負担になる。内臓は痛みこそ感じないようだが……強い刺激を与えると、死に近づく大きな痙攣をしやがる。
はらわたをえぐり、奥に奥にと手を突っ込む。斬り裂かれた大動脈に指が触れる。まだ心臓の脈を伝えるぐらいには、勢いがあるな……指を使い、その動脈の断端を握りしめる。
「……っ!!……っ!!」
「動くなよ。怖くても、気持ち悪くても、不安でも耐えろ。蛇神の戦士であるなら、怯えたとしても震えるな」
「は、はいっ!!」
意識喪失まで寸前というところだろうが、問題はない。すぐに済む。オレの指は彼の腹の中で大動脈に絡みついている。指に『炎』を呼び寄せる。
魔力を集中して、三秒だけ加熱していた。傷口を焼く―――脂肪の燃える、芳ばしい香りがした。ヒトも獣も、焼けるときの臭いは似ている。三秒の焼却の後に、オレはゆっくりと彼の腹の傷から手を引き抜いていた。
腹の奥の大出血は止められているからな……あとは、はらわたを押し込むようにして、傷口を焼いた。
「ぐああああああ……っ」
皮膚を焼くときは痛みが強いもんだ。だが、許容してもらわなければ。こうでもしないと、出血を止められない。
「少々、乱暴な治療じゃあるが、これで出血は止まるぞ」
「は、はい……ありがとうございます……」
「マルケス。オレの腰の裏から薬瓶を取れ」
「この私に、君の背中を許すのか?」
「今さらだな」
「ああ。そうだ、今さらだったね、ソルジェくん」
アインウルフはオレの腰裏にある医療用パックの中から、薬瓶を取り出す。リエルの作った造血の秘薬と止血の秘薬だった。
「二つあるね?どちらだい?」
「右手のヤツを、コイツの傷口に半分かけてやれ」
「残りの半分は?」
「飲ませろ」
「了解だ。それで、こっちの瓶は?」
「寄越せ。傷口は焼き固めた」
傷口から手を離し、両手を『炎』で消毒する。焼けた血が黒く固まった手で薬瓶を受け取る。造血の秘薬だ。アインウルフが指示された動きを実行するあいだに、オレは医療用パックから注射器を取り出していた。
「注射は嫌いか、青年?」
「……は、はい……あまり、好きでは、ありません……っ」
「そうか。だが、この薬があれば、失われた血が戻って来る。森のエルフの秘薬だ。幸運に感謝しながら、根性で生き抜け」
「……はい、がんばります」
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