第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その36


 ……情報収集したい気持ちもあるが、オレはその考えを振り切るようにステップを刻む。目の前にいる金髪の細身目掛けて飛びかかっていた。細身の男は素早く反応していたよ。オレの突撃の勢いを相殺するために、後ろに跳びながらロングソードを構え直す。


「おらああああああああ!!」


 竜太刀を勢い任せに叩き込み、金髪野郎に防御を強制させた。躱せるほどには鈍くはない一撃だったからな。


 ガギイイイイイイイイイイイインンッッ!!


 挨拶代わりの一撃は、鋼の歌を作り出す。金髪野郎はこの一撃でオレを理解したはずだ。どれほどのバカ力なのか、どれほどの強さなのか……自分がオレに勝てる可能性の低さをな。


「くっ!!」


 暗殺者はバックステップを継続させて、崩されかけた体を後退させる。数歩下がって、ニヤリと笑う。


「……おいおい、なんともせっかちなヤツだな。こういうのって、名乗ってから斬り合うべきじゃないのかな?」


 時間稼ぎをしたがっているようだ。ヤツの口から出て来たセリフは妙に冗長なペースだったと感じる。だが、ヤツの言うことも、もっともではある。


「我が名はソルジェ・ストラウス。お前を、殺す男だ」


 短めな自己紹介をしてやったよ。これで騎士としての礼儀の一部はクリアしただろうよ。短いセリフのあとに、オレは再び金髪の暗殺者目掛けて襲いかかっていた。ヤツは微笑みを絶やすことはなかったが、それは余裕というよりも任務に徹する暗殺者の矜持からだろうな。


 ……ヤツを逃がす気はオレにない。そして、ヤツもそんな考えは持っていない。バックステップに全力での後退を実行させることはないが……消極的さはある。守りに徹して時間を使いたいという考えだな。


 そうだ。


 コイツは、おそらく『囮』……本命はここではないどこかで、何かの悪事をしていることだろう。その場所は、きっと、この『カムラン寺院』の内部さ……。


「ここは手が足りている!!僧兵たちよ、持ち場を不用意に離れるな!!」


 マルケス・アインウルフも同じコトを考えていたようだ。黒い布を持ち上げて、わずかに口もとを晒すと、大声を使って、僧兵たちが『囮』に過剰なまでに誘導されることを防ごうとしてくている。


 アインウルフのよく通る声のおかげで、この場所に向かって近づいて来ていた魔力の気配が一斉に止まっていた。良くも悪くも純粋なのさ、ここの僧兵たちはな。見知らぬ男の声に……元・帝国の将軍の声にまで素直に反応してくれるのだからな。


 だがその素直さは、今このときに限定してみれば悪いものではなかったよ。


「賊はすでに『カムラン寺院』のなかに入り込んでいるぞ!!守るべき場所がある者は、誘われるな!!賊は警備が手薄になることを狙って、あえて悲鳴を上げさせたのだ!!何かを狙っているぞ!!」


 オレの考えの大半を、マルケス・アインウルフは代弁してくれていた。さすがは、オレよりもベテランということか。経験値では、腹立たしいことに、オレよりも上。


 どうあれ。


 今の叫びは有益だった。状況は大きく改善されたと評価すべきだろう。


 しかし……オレと斬り結ぶ暗殺者の表情は、それでも揺らぎを出すことはない。コイツは、かなり本職の暗殺者なのだろうさ。自分が殺されても、自分の作戦が少しばかり劣化したとしても……ベストを尽くすのみだと考えていやがる。職人的な割り切りが、命にまで及ぶか。


 オレの猛攻を受け止め続けるロングソード。その動きに込められているのは、純粋な意志だった。迷いがない。死と敗北を覚悟しているからこその、劣勢での余裕だ。腹立たしい暗殺者野郎だが、その技巧の完成度だけは褒めてやる。


 オレと同じぐらいの年齢に過ぎないというのに、まあ大した訓練量だ……アルノアの騎士は、どいつもこいつも悪くない練度を持っているよ。


 ……だが、褒めている場合でもない。


 コイツは『囮』なのだからな……次に起こる何かのためにも、一秒でも早く始末しておくべきだ。次の行動のほうこそが、本命のはずだ。そちらに、対応しておきたいんでね。


 技巧を駆使させてもらうとするよ。


 オレは斬り結びながら、腰を落とす―――竜太刀を横に流すような構えになりつつ、次の瞬間には神速の薙ぎ払いを打ち放つ!!


 『太刀風』、オレの左眼を奪ったバルモア三剣士から奪い取った、オレの技巧だ。太刀風はロングソードの刀身に衝突し、その威力をもって鋼を砕いていたよ。


 バギイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!


「……っ!!」


 剣を折られた瞬間ばかりは、この冷静な暗殺者野郎もその表情に驚きの色を浮かべてしまっていたな。


 予想をつけていたのだろうが……。


 オレは、その予想よりも、はるかに強い。


 動揺だけではない。ロングソードを折られた瞬間に、ヤツの動きもまた崩壊していた。『太刀風』の威力は、武器破壊を起こすだけにはとどまらない。


 動く。殺意を実現するために、獲物へとさらに踏み込み―――武装を失ったその暗殺者に目掛けて、返す刀で斬り上げの一撃を叩き込んでいた!


 竜太刀が深々と暗殺者の体を斬り裂いていた。プレートの打ち込まれていた革の鎧程度では、アーレスの怒りを宿る鋼を防ぐことなど出来なかったよ。


「ぐ……は……ッ」


「……眠れ。お前の動きは、なかなかのものだったぞ」


 そう言い終わる頃には、竜太刀を暗殺者の胴体に突き立てていた。一つ前の攻撃で、十分に致命傷を与えてはいたんだがな―――ムダに長く瀕死の苦しみを与える趣味はない。とくに、剣術の鍛錬に対して、積極的な者はな……。


 死が任務の義務から暗殺者を解放したのだろう。金髪の暗殺者の緑色の瞳は、死の直前となったときに、初めて口惜しそうに細められていた。気持ちは分かる。だからこそ、オレはヤツの体から竜太刀を捻りながら抜き、その命の最後を、すみやかに迎えさせてやったよ。


 大量の血を体から解き放ちながら、暗殺者はその場に崩れ落ちていて。竜太刀を振り、刃についた血を捨てながら、オレはこの暗殺者の名前を聞いておきたかったなという感傷を得ていたよ。


 リスペクトを捧げるに相応しい、戦士ではあった。邪悪な暗殺者に過ぎなかったとしてもな。




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