第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その35


 戦いだと思うと血が熱を帯びて疲れも感じなくなる。それがストラウスの剣鬼ってものの本質だ。猟兵4人を残して、ホーアンの部屋を飛び出たオレは、叫びが聞こえた方へと顔を向ける……香のにおいの漂う古びた寺院には、緊張感の凍てつきが生まれていた。


 剣戟の音が聞こえる。


 鋼の歌だ。


 高度な技巧に操られた、高質な鋼が奏でる歌―――暗殺者は、やけに派手な戦いをしていやがるようだ。


 つまり陽動かもしれんということだ。暗殺にしろ宝泥棒にしろ、静かな作戦行動が尊ばれる。その鉄則を破るからには、何かしら他の意図が働いているんじゃないかと疑ってみるべきだな。


 だからこそ、ドゥーニア姫にもホーアンにも護衛をつけておくべきだった。こいつはオレたちを誘導して、他の作戦を行いやすくするための囮かもしれないということさ。


 ……なんであれ。


 こういった囮を行えるのは、それなり以上の強者だ。数分間は多勢に晒されても、生き延びる実力は必須だ。一瞬で制圧されるのであれば、囮の役目は果たせない……オレとしては一人でも死傷者を減らすために、一秒でも早く、その強者を地獄に落とすべきだった。


 アルノアとの戦こそが、本番なのだからな。前哨戦で有能な戦力を失うわけにはいかない……。


 剣戟の音を追いかけるように廊下を走り出したオレに、二人の影がついてくる。一人はアインウルフだった。VIPの護衛につくことを嫌う?……ホーアンに顔を知られているのかもな。メイウェイの前に、『メイガーロフ』を制圧していた人物だからな……。


 土地の有名人には顔を知られていても、おかしいことはない。


 ……意外だったのは、メケイロがついて来たことか。


「……メケイロよ。お前は、ホーアン殿の護衛だろうが?」


「ホーアンさまの命令でもある!……外敵の排除を、お前たちばかりに任せてはおけないんだよ!」


「いいプライドだ」


「……オレ以外の僧兵もいる……それに、オレよりも、有能な戦士もついている。あのガンダラという巨人族……オレの知る限り、巨人族の戦士のなかで一番強い」


 そうだ。頭脳労働が主だからといって、オレの副官一号であるガンダラが弱いはずがない。オレよりも戦の経験値が多い、生まれもっての戦士だ。タフな上に力も強く、巨人族のなかではトップクラスのスピードを持っている。


 サイズとスピードを兼ねそろえた戦士は、それだけでも脅威的なものだが、技巧も知恵も経験値まであるんだよ、オレたちのガンダラさんはな。


「オレたちのことを評価しているのか」


「認めたくはないが……理解している。お前たちは強い。そして、特殊な力も持っているようだ。背中を任すことに、文句はない……」


「ホーアン殿は、君を政治的なメッセンジャーにしようとしているんだよ」


 アインウルフが黒い布の内側から紳士的な声を使った。廊下を走り抜けながらのドタドタと小うるさい足音のなかでも、その声はスマートさを失ってはいなかった。


「メッセンジャー?」


「君が私たちと共闘することで、『新生イルカルラ血盟団』と『太陽の目』は一つの目的を持って動く同盟なのだという証になる。論より証拠というものだ。この戦闘は、とても政治的な意味が強い。君だからこそ、選ばれたのだよ、青年」


「……そうか。悪い気はしない。だが、慢心する気もない」


「当然だね。君は、慢心できるほどには完成された戦士ではない。気づいてなかったようだからね。あの部屋にいた人数を」


 ……マルケス・アインウルフさんのことも侮ってはいけないようだ。キュレネイとククルの隠遁を見破っていたのか?……前情報はあっただろうが、それでも見破るとは中々だ。戦士としても超一流じゃあるぜ。


「……オレが、見逃していたのか?」


「気に病むことはない。君が悪いわけではない。ただ、相手が少しばかり悪すぎたまでのことだよ」


「お前たちの仲間が、紛れていたのか……ッ」


 言わないつもりだったんだがな。マルケス・アインウルフは若者の教育には容赦がないようだ。


 屈辱に声を歪ませて、おそらく顔もしかめっ面になって口惜しさを表現しているんだろうな、僧兵メケイロは……紳士はフォローを忘れない。


「若さと未熟さの自覚は、強くなるための糧だよ。君は、まだまだ強くなれる。経験というものはね、いくらでもヒトを磨き上げてくれるものだ」


「……前向きに受け止めることにする。政治というものを理解し、潜入者を見逃す愚鈍さの屈辱も知った……ッ。強くならずには、いられんッ」


「その通りだ。君は、まだまだ若い。強くなれるよ、私が知っている最強の巨人族の戦士に……君は似ている」


「あのガンダラという男か?」


「いいや。彼の兄のことだよ。ガンジス。私が知る限り、単独での戦いでは、この大陸で最強の男だ。君は……どこか彼に似ていてね」


「未熟なオレに、最強の男を重ねるだと……ガンジスという男に、失礼だろう」


「そうとは思わない。似ているからな。その強気なところと、忠誠心の一途さはね。巨人族の戦士としては異質さを感じもするが……だからこそ、私の知るガンジスに似ている。彼も、少しずつ戦場で強さを得て、経験により知恵を身につけた男だ。最強への道は、少しずつ歩むしかない……若い君には、そのための時間が許されている。うらやましいことだね」


 メケイロが、ガンジスとやらに似ているか。最強……フン。まったくもって魅力的な言葉だ。眼前にある任務への集中力を奪われてしまいそうなほどだよ。


 だが、オレも猟兵。


 それなりに積み重ねてきた経験値というものがある。オレの集中は切れていない。剣戟と血の臭いと、悲鳴と救援を呼ぶ僧兵の声を浴びれば……いつか戦ってみたい男のことなどよりも、すぐそばにいる邪悪な暗殺者への殺意が燃え上がるというものだ。


「こ、こっちだああ!!き、来てくれええ!!」


「今行くぞ!!もう少し、耐えろ!!」


「あ、ああ!!く、ぐ、ぐう、ぐあああああああああああああああああああああああ―――――」


 断末魔の叫びだった。それを聞きながら、オレは襲撃の現場に辿り着いていた。ローブを着た一人の人間族の男がいる。崩れ落ちる巨人族の身から、血の赤に染まったロングソードを抜いている男が。


 金色の髪に、緑がかった瞳。細身の男で、美形じゃあるが―――それだけにムカつくな。


「……フフフ。ボクに釣られて獲物が来た……でも、人間族か?意外だね」


「『パンジャール猟兵団』だ。『自由同盟』の傭兵だよ」


「……『自由同盟』。なるほど、やはり、介入するか。この戦に」


「当然だよな。オレたちは、お前ら帝国人を滅ぼすために戦っているんだからな」




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