第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その34


「……『イルカルラ血盟団』と手を結ぶことまでは、許容できてはいたが……まさかメイウェイとも、こんな形で手を取ることになるとは……」


「予想外なのは分かるが、受け入れろ。私たちと手を組むには、それが必要だ。そして、訂正しておくが、私たちは『新生イルカルラ血盟団』だ。バルガスは死に、かつての支配体制は滅び去った……ガールケスの娘が口にしても、意味はないか?」


「いいえ。ガールケス殿は、『太陽の目』と深い因縁は持ってはいない。それに、貴方は武国の在りし頃には、政治的な行いをしてはいません」


「ああ。子供だった」


「罪など、貴方にはない。貴方は、蛇神の子の一人。『メイガーロフ』の偉大な女戦士の一人です」


「尊敬してくれるのなら、力と指揮権を与えてくれるか?……時間はムダにすべきではない。メイウェイにくれてやらねばならん……」


「この抵抗はムダなことだと?」


「そうだ。戦うべき相手は、アルノアの軍。メイウェイには、少しでも『ガッシャーラブル』にいた帝国兵を吸収してもらう必要がある」


「……バルガス将軍が亡くなり、メイウェイは行方不明との報告もあれば……アルノアという貴族が反乱を起こして帝国軍を掌握……何という一日なのでしょうな」


「朝から振り回されっぱなしか?」


「……そうですよ、竜騎士殿。貴方も、この状況に関与しているのですか?」


「一部だけだ。この状況を形作った要因については、アルノアの野心が大きい。ヤツは、ユアンダートの友人だ。メイウェイとは異なる政治信条のために動く」


「人間族第一主義とやらですか。傲慢な考えだ……」


「だが、帝国にはそれを行うだけの力はあるぜ。軍事力が強ければ、自分たちの『正義』を押しつけることは可能だからな。『ザールマン神殿』での虐殺で、君たちは知っているはずだ。力で劣ることが招く、悲劇をな」


「あの悲劇が再来すると……?」


「もっと酷いことになるさ。帝国人は、『メイガーロフ』にいる全ての亜人種に対して、暴虐を働くようになる。僧兵とはいえ、戦士である君たちは、間違いなく根絶やしにされるだろう。女神イースを信じるヤツらにとって、蛇神ヴァールティーンの信徒は不要でもある」


「……考えている場合では、ないわけですかな」


「そうだ。その必要もなければ、その時間もない。一分一秒をムダにすればするほど、勝利から遠ざかるのだ、私たちはな……負けることも、逃げることもしたくない。すべきは、敵の敵と手を結び、真の敵に勝利することのみ」


 ドゥーニア姫は迷いがない。状況を把握しきれてはいないホーアンの指揮能力を、疑っているのだ。ホーアンも、その点は認めざるをえない。僧兵の集団は、戦略では負けていた。この場所に閉じこもることを余儀なくされているのが、追い詰められた証でもある。


 ……ホーアンは僧侶には似合わない苦悶の表情にはなったが、現実が見えないほどの若さは持ってはいない。ドゥーニア姫はプレッシャーを与えるために、ホーアンへと詰め寄るように歩き、僧兵メケイロは猟犬のように前のめりになり、彼女に備える……。


 もちろん、何もさせはしない。オレの殺気を、メケイロは感じ取り、その体を静止させる。暴力では、勝てないことを悟っているからな。それに、メケイロの師であるホーアンが争いを望んでいない。


「……っ」


 やり場のない苦しみに奥歯をギリリと鳴らす若い僧兵の前で、ドゥーニア姫は最後通牒を行う。


「私に指揮権を寄越せ。建前としては、ホーアン殿が動く。それで、最良の結果となる」


「……いたしかたないことですな」


「ホーアンさま……っ」


「屈辱ではない。仲間を頼るだけのことだぜ。今は、総大将が一人いて混沌とした状況を指揮するべきだ。それに最も相応しいのが、ドゥーニア姫というだけさ」


「この戦の後……オレたちを、支配するつもりか?」


「支配?……私は解放者だ。『太陽の目』は変わらんよ。信仰のみに生きればいい。メイウェイよりも、私の治世の方が、はるかに過ごしやすくなる……女に従うことはイヤか?」


「……女どうこうよりも……いや、いい。文句はない。ホーアンさまがお決めになさったことなら、オレは従うのみだ」


「従者としては正しいな。ホーアン殿は、よく弟子を躾けておられる」


「……かつて、『太陽の目』の暴走を止められなかった私がですか?……皮肉が過ぎますぞ」


「問題ない。狂信者はバルガスが仕留めてくれた。お前たちの恨みを引き連れたまま、バルガスは死んだ。ホーアン殿なら、今の『太陽の目』を掌握できる」


「……してみましょう。帝国軍の拠点に向かった僧兵を、退却させれば良いのですな、ドゥーニア姫よ?」


「ああ」


「ですが。帝国軍は退却を許しますか?……攻め手を緩めることは、この『カムラン寺院』を、より包囲されることにもつながります。それは、リスクが大きい」


「問題はない。私が竜と共に、空から援軍として駆けつけたと知らせればいい」


「ほう。なるほど。それは、よいプレッシャーになるでしょうな」


「私たち『新生イルカルラ血盟団』と『パンジャール猟兵団』がいると分かれば、帝国軍の士気も下げられる。僧兵を撤退させても、罠かもしれないと考える。不用意には近づかないだろうし……北の帝国兵たちは、そもそも消極的だ」


「ヤツらはメイウェイの説得も聞きやすい。ドゥーニア姫の策に従っておくべきだ」


「……分かりました。それでは―――」


「―――敵だあああああああああああああああああああああッッッ!!!皆、来てくれえええええええええッッッ!!!」


 部屋の外から叫びが聞こえてくる。全くもって意外性を感じない言葉だったよ……オレたちは時間を使いすぎていたのかもしれんな。この『カムラン寺院』に侵入していた敵が仕掛けて来る可能性に気がついてはいたというのに……後手に回ってしまったようだ。


 後手に回ってはいるが、すべきことをするとしよう。ドゥーニア姫の軍門にホーアンは降った。護衛としても、彼女の交渉術に力を持たせるための飾りとしても、仕事は終わっている。


 デザインされた悪意。十中八九で、未熟な僧兵では相手にならん戦力を送り込んでいるだろうさ、帝国軍はな……猟兵の出番だ。


「……ガンダラ。この場を任せるぞ」


「ええ。ドゥーニア姫をカミラの力でゼファーに合流させます。その他諸々、お任せ下さい護衛の手は足りていますからな」


 ……天井裏には、キュレネイとククルが息を潜めたままだからな。この部屋ほど安全な場所はない。


「おうよ。ドゥーニア姫、それでいいな?……闇に紛れて飛ぶゼファーの背は、世界で最も安全だ。カミラのエスコートもあれば、なおのことな」


「理解している。『新生イルカルラ血盟団』の傭兵として、脅威を排除してきてくれ」


「ああ。結束のためにな……行ってくる!」




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